驚くまでの品質管理と内製へのこだわり当方、近ごろ流行り(?)のリケジョである。ゆえに、工場や生産現場を取材する回数は年間30件近い。そんな“工場目利き”の筆者にとっても、ハンブルクにあるメルセデス・ベンツのコンポーネント工場の見学は衝撃の連続だった。 一番の驚きは、これほどまでに品質管理を徹底し、内部での生産にこだわっているのかということだ。その背景には、技術開発だけではなく、生産過程や人材教育といった分野に投資を惜しまず、付加価値の高い製品を作り続けるという強い意志がある。というのも、ドイツの国民総生産は、アメリカ、中国、日本に次ぐ4位である。給料も安くはないし、休暇もしっかり保証されている一方で、ドイツでは被雇用者のうち、7人に1人が自動車産業で働いている。輸出が国民総生産の1/3を占めており、そのうち17%が自動車産業である。名実ともにドイツの基幹産業である自動車産業を国内に留め、“ドイツ車”という付加価値を製品に盛り込むことで、買う側も喜んでドイツ車ならではのクオリティや性能の高さに価値を認めて対価を支払うという仕組みが、部品一つひとつを生産する現場まで徹底して浸透しているのだ。 なかでも、この工場があるハンブルクは、ドイツの中でも裕福なエリアだ。ハンザ同盟の古都であり、古くから発展した港町として欧州の物流の拠点になっている。そして、多くのメディアがここを拠点にもしている。そう書くと、製造業など逃げ出してしまったのではないかと思うだろう。ところが、有名どころではエアバスA380の工場があるなど製造業も盛んだ。そして、ハンブルク工場は900人の営業職と2600人の製造職と、この町で3番目に多くの雇用を抱えている。 納入先はもちろん、世界20カ国に広がるダイムラーの生産拠点だが、面白いことにフォルクスワーゲンやテスラ・モーターズも顧客リストに名を連ねている。 技術力と人材教育で、国内生産の優位性を保つこの工場の大元となったのは、1935年に「ヴィダル&ゾーン/テンポ」がこの地に開いた3輪トラックの工場である。その後、ダイムラーの子会社に吸収されて、1970年代にダイムラー傘下となる。2007年からはパワートレイン・グループの一員として、正式にダイムラーAGに組み込まれた。現在は主に、フロント・アクスル、リア・アクスル、ステアリング・コラム、ペダル類、排気マニフォールドを製造する。加えて、研究開発部門を担当するDr.ウェーバーの管轄下にある軽量化R&D部門が併設されており、研究開発に約100人が従事している。 工場の解説をしてくれたシュテファン・ゲーブ氏(コンポーネント生産担当)に、もう少し詳しく訊いてみよう。「ダイムラー・グループに属してはいますが、ISO14001、ISO5001、ISO/TS16949といったグローバルで通用する品質管理基準に適合していますから、他社から要請があれば部品供給ができます。また、メルセデス・ベンツの製品に要求されるクオリティを保つには、部品の生産まで遡って高い品質管理をする必要があります。加えて、不良率をppmレベルに下げる努力もしています」。 それでも、ダイムラー・グループとして優遇されているのでは? と勘ぐってみると……、「開発や設計のエンジニアと近いところで生産にあたるメリットはありますが、その一方で、品質やコスト面でグループ企業だからという特別扱いはありません。ダイムラーの技術部門も、購買部門も、部品メーカーと競合させた上で、当工場の部品を採用しています。他のサプライヤー同様、購買部門からはコスト低減の要求があり、技術部門からは軽量化や高品質への要求があります」。 グループ内とはいえ、非常に厳しい競争にさらされていることは、この工場が生き残るうえでも有効だ。「従業員の教育レベルを向上させ、常に工程を進化させて高効率化させることを通して、ハンブルク工場で部品を生産する優位性を保っています。安易に低コスト化を追求すれば、長期的な競争力を失いかねません。簡単に作れる部品であれば、世界のどこで誰が作っても同じになってしまいますから」。 実は、この10年間、ハンブルク工場の生産現場で働く人の数は、1500~1600人程度で安定して推移しているそれでいて、売上は10年前の5億ユーロから12億ユーロへと倍増している。生産効率を高めるために人材教育を徹底して行っているという。 また、国内に生産を留めることは、生産ラインの品質を高く保つことにつながり、ラインを新設計する上でもアドバンテージがある。例えば、「205」の社内コードナンバーで呼ばれる新型Cクラスの生産をスタートするにあたっては、生産現場から設計段階まで遡って改良を施し、フレキシブルな生産に対応できて、品質も高められる設計にすることができた。これは、生産現場の質が高いからにほかならない。 トヨタ生産方式によって、生産効率を高める今回は、ステアリング・コラムと前後のアクスル、そして軽量部品の一部の生産工程の見学が許された。はじめに見たステアリング・コラムの生産ラインでは、フレキシブルなセル型生産方式への対応と同時に、不良率を減らして部品コストを低減しつつ、品質を維持する管理が印象的だった。基本設計はわずか2機種にしぼり、基本部分の生産は自動化率を高め、一方で最後のアッセンブリ工程を人間の手で行うことでフレキシブルな生産体制を敷き、また多様な製品への対応も行うことができる。もちろん、このラインで働く人は複数の作業に対応できる多機能工である。 この工場では、カンバン方式、アンドンなどを使ったトヨタ式生産方式を導入している。ラインが動いていないセル型生産方式だと、作業者はマイペースにゆったり作業してみえるが、実は作業速度が予定より遅れると、アンドンが灯る方式だ。205、つまり新型Cクラスの生産がスタートした今、勤務体制は1直で3人の作業者が生産を担当するにすぎない。ただし、最大で1直に5人まで作業者を増やせる。2014年後半には3直まで生産を拡大し、ラインも追加する計画だ。 次のアクスルを生産するラインに移動する途中、ステアリング・コラムの前工程の脇を通り過ぎた。ふと見ると、インナー/アウター・チューブまで内製していたのだ。コスト高を避けるためにサプライヤーに委託するのが普通ではないかと思うが……。 「当然、外注も検討しました。ところが、外注先に試作してもらうと、ダイムラー・グループとして要求される品質に達しない上に、コストも25%高かったのです。このラインは2人持ちで24時間/7日稼働と、高度に自動化しているため、人件費の影響が低いのです。むしろ、社内の質の高い作業者が生産にあたり、品質を安定させて連続操業させるほうが、コストを抑えることにつながります」(同氏)。 リア・アクスルのラインでも、基本設計を統合し、生産効率を高めることに成功した。現在、3つのラインがあり、そのうち1ラインは「205」専用だ。残りの2ラインは204、つまり先代Cクラスの系譜を次ぐ4機種、「Cクラス・クーペ」、「GLK」、「Eクラス・クーペ/セダン」に対応する。 基本設計部分の組み立てには、6台のロボットがあたる。ただし、エンジンの種類や車重によって、最後のブレーキの組付けでは10種類の作り分けが必要になる。この部分は自動化せずに、回転する作業台の周りに5~8人が付いてマニュアルで組み立てていく。 小さな部品の品質まで”メルセデス流”を貫くもうひとつ、ハンブルク工場の重要な役割が軽量化への対応だ。R&D部門に100人のエンジニアを抱え、生産現場では120人の作業者が生産に従事し、年間で約150万個もの軽量パーツを生産している。アルミをはじめとする軽金属の加工や溶接に加えて、樹脂部品の成型も行えるのが特徴だ。Aクラス、Bクラス、Cクラス、Eクラス、Sクラス、そしてSUV全般と、ここ2年ほどで刷新されたモデルのほとんどがハンブルク工場で開発された軽量化技術を採用している。 ここでは、昨年に自動車への樹脂の効果的な活用に対して与えられる「SPE Automotive Awards」を受賞したという、画期的な軽量部品を生産するラインに案内してもらった。 写真を見ても、アルミのパイプになにやら樹脂部品が付いているようにしか見えないかもしれない。ダッシュボードの裏側に組み付けられる部品で、ヘッドライトを取り付けるアルミ製クロスメンバーである。従来の鉄製部品からアルミ製へと置き換えることで剛性を高めた上で25%の軽量化を実現した。また、以前は手作業で樹脂部品を組付けていたが、ここではガラス繊維を60%含むポリアミド樹脂を、直接アルミ製クロスメンバーにモールドすることで、工程が省略されて生産効率が高まった。同時に、ワイヤーハーネスの取り付けなどがしやすくなり、トータルで大幅な作業時間の削減につながった。 クルマが組み立てられるのを目の当たりにするファイナル・アッセンブリは、実は頻繁に目にするのだが、部品の工場を社内で抱えている自動車メーカーは意外に少ない。もちろん、トヨタのように系列まで含めて自前主義を貫く自動車メーカーはあるが、商用車まで含めた年間の総生産台数が235万台というダイムラーの規模からすれば、部品の品質に至るまで“メルセデス・ベンツ流”を貫く姿勢は特筆に値する。 その結果として、新型「Cクラス」が2万8200ユーロ~(約395万円 ※140円/1EURO換算)という値付けであれば、クルマ好きとしては十分納得できる“バリューな選択”と言っていいだろう。 【 関連記事1:新型Cクラス。完成度高だが3つの点が気になる 】 |
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