後輪駆動化と大幅サイズアップで初代とは別モノの存在にまもなくモデルチェンジするトヨタのFCV(燃料電池車)、「ミライ(MIARI)」のプロトタイプに試乗した。初代に対し、スタイリングはガラリと変わり、大幅にサイズアップし、前輪駆動から後輪駆動へと切り替わり、動力性能も航続距離も大幅に向上するなど、FCVであるという点を除き、全面的に刷新された。世界初の量産FCVとしてかなり実験的だった初代とは打って変わって、2代目からは本気でたくさん売りたいというトヨタの意気込みがひしひしと感じられ、あとは水素インフラの整備待ちという印象を得た。 2代目ミライは、「クラウン」などが用いるTNGAコンセプトに基づくGA-Lプラットフォームに、大幅に改良されたTFCS(トヨタ燃料電池システム)を搭載する。全長4975×全幅1885×全高1470mm、ホイールベース2920mmと、初代に比べ85mm長く、70mm幅広く、65mm低い、堂々たるサイズとなった。クラウンに対して65mm長く、80mm幅広い。ホイールベースは共通。初代が「プリウス」を膨らませたようなフォルムだったのに対し、低く構えたロングノーズのセダンのフォルムを得た。 チーフエンジニアの田中義和氏が「FCVだから選ばれるのではなく、カッコいいクルマだから選ばれ、それがたまたまFCVだったというのを目指したい」と言うだけあって、より未来感を感じるのは初代だが、2代目は“普通に”カッコいい。直6エンジンが縦置きされていそうな姿だ。 燃料電池システムは最新世代に切り替わった。初代には大小2個の高圧水素タンクが車体後部に搭載されていたが、2代目ではセンタートンネルにもう1個追加され、後部の2個と合わせて計3個が搭載される。これによって水素搭載量は4.6kgから5.6kgへと増加した。これに加え、リチウムイオンバッテリー(減速時に回生したエネルギーを貯め、加速時にFCスタックが生み出す電力に加勢して電力供給を行うため、FCVはハイブリッド車と同程度の容量のバッテリーを搭載する)の採用や、システム制御の最適化などによって約10%燃費が向上したため、航続距離はWLTCモードで初代比3割増しの約850kmとなった。実質的航続距離は600km前後か。 欧州プレミアムサルーン並みの走行性能、課題は音の演出試乗会は富士スピードウェイのショートコースで行われた。運転席に乗り込んでまず感じたのは囲まれ感の強さ。左右シートを隔てるように水素タンクが鎮座するため、それを覆う格好のセンターコンソールが太く、大きく盛り上がっているからだ。ステアリングホイール奥の液晶メーターと横並びで地図を表示するセンターディスプレイが配置される。ATシフターはプリウスと同じような動きをするタイプ。ステアリングホイール、シフター、ペダル類のレイアウトは適切で、視界も良好。 Dレンジに入れてアクセルペダルを踏むと、音もなくスルスルと発進する。速度を上げ、コーナーをいくつか通過してみて、ハンドリングの良さに気づく。ステアリング操作に対してドライバーのイメージ通りにクルマの向きが変わる。速度とステアリング操作なりの自然なロールに終始し、飛ばしても不安がない。飛ばさなければひたすらに快適だ。コーナーの脱出時に後輪駆動ならではの、リアが膨らむような挙動を感じられるのがうれしい。 顔なじみのテストドライバーが「走りを仕上げるのは難しくなかった。うちとしては珍しく前後重量配分が50対50と理想的な素性なので」と冗談めかして教えてくれた。実際、ミライのハンドリングには、欧州プレミアムブランドのFRサルーンのそれと同じ雰囲気がある。欧州車に似ていればOKというつもりはないが、長年日本車の手本だったのは間違いない。50対50という素性のよさに加え、必要に応じてリア内輪にブレーキをかけるアクティブコーナリングアシスト制御のおかげもあって、旋回能力は高い。 TNGA各モデルが採用するダンパーが奏功しているのだろう、路面のザラつきなどに起因する微小な入力のいなし方がうまい。タイヤサイズは235/55R19が標準で、245/45ZR20がオプション設定される。どちらもサーキットの縁石に乗り上げるような走りをしてもバタつくようなことはなかった。車体が大きいので見た目のバランスが取れているのは20インチだ。 モーターの最大トルクは300Nmと従来の335Nmから減っているものの、最高出力は182psと従来の154psから向上した(FCスタックの最高出力は174ps)。車両のサイズアップに伴い車重は1930kgと初代の1850kgから80kg増加したが、体感上の加速力は十分以上だった。スポーツモードを選べばアクセルレスポンスが向上する。 エンジンがないので全域で静かだが、わざわざアクセル操作に連動して車内のスピーカーからサウンドを出すアクティブ・サウンド・コントロールが備わる。ドライビングモードがノーマルかスポーツかでも異なるが、いずれにしてもその音は独特。エンジン音というよりジェット機のような音に聞こえた。必要なければオフにできるし、ギミックとしてはアリだと思うが、センターパネル付近の1カ所から聞こえてくるのでやや臨場感に欠ける。聞かせ方にもうひと工夫ほしい。 黒塗り社用車にするには後席の広さが物足りない官公庁が次世代車両普及政策の一環として採用するのみではなく、多くの一般ユーザーに純粋に魅力を感じて買ってもらうことを目指したという2代目ミライ。まだ発表されていないものの「初代(約740万円<ただし補助金が約200万円出る>)より安くします」と関係者が漏らすように、戦略的な価格となるようだ。この内容で約500万円ということであれば、興味を示す新しいモノ好きも少なくなく、現在黒塗りのクラウンやレクサスを社用車として導入している企業の導入も十分に考えられる。 そのことを踏まえてパッケージングを確かめてみると、ラゲッジスペースの容量と形状に不満はないが、後席がもう少し広ければ良かったのにと思う。膝前、頭上ともにOKレベルだが十分とまでは言えない。リアドアの開口面積が小さく、乗降性が良好とは言えない。いざ座ってしまえばシートの掛け心地は良好だし、足も自然なかたちで投げ出せるだけに惜しい。FCVには水素タンクがあり、後輪駆動を採用したことで車体後部にモーターを配置する必要がある。ギリギリのところまでパッケージングを煮詰めた結果だとは思う。 純粋にホイールベースをもっと伸ばして後席の空間を稼げばよいのでは? と思いついた。全長が長いことが絶対に許されないクルマではないはずだ。田中チーフエンジニアいわく「ホイールベースを伸ばすことは可能で、検討はしましたが、スタイリングのバランスや最小回転半径などを考慮し、最終的にこのホイールベースに落ち着きました」。世界的には2種類のホイールベースをもつサルーンは珍しくない。ストレッチ版ミライの追加も期待したい。 そのほか、最新のトヨタセーフティセンス、路車間通信、車車間通信のための各種コネクテッド機能が標準装備される。また初代同様、外部給電機能をもつ。直流を交流に変換する外部給電器を介して給電するDC外部給電と、ハイブリッド車などと同じAC給電の両方が備わる。DC外部給電は最大9kWの電力を給電可能。容量は75kWh(一般家庭の約1週間分)。 ミライは現時点で最高のFCVだと思う。ただしFCVが普及するかどうかを決めるのは価格を含めたクルマの良し悪しだけではない。ユーザーが痛痒なく水素を入手できなければ、クルマが良くてもどうにもならない。一般社団法人次世代自動車振興センターによれば、20年7月時点で水素ステーションの数は135カ所。首都圏、中京圏、関西圏、北部九州圏の四大都市圏とそれらを結ぶ幹線沿いを中心に整備が進められている。裏を返せばそれらの圏域を外れると、水素ステーションを見つけるのは難しいということ。1カ所もない県もある。高速道路上には1カ所もない。事前に予約が必要なステーションもある。夜間営業しているステーションもほとんどない。ディスペンサーの不具合で休業するステーションもままある。あるいは本来の充填能力を発揮できないまま営業を続けるステーションもある。これが水素ステーションの実態だ。 FCVが増えなければステーションは増えないし、ステーションが増えなければFCVは増えない。この“ニワトリが先かタマゴが先か”に対し、トヨタは自動車メーカーとしてFCVを良くして増やそうとした。これに応えるべきは水素供給側だ。実際には国が政策によって増やすしかない。FCVを増やし、ステーションを増やすことで両者のコストを下げ(クルマ側に対してもいつまでも1台200万円の補助を出せるわけがない)、水素消費を拡大し、水素エネルギーの社会受容性を高めていくことは、菅首相が所信表明で「脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したことからもわかる通り、国家戦略だ。 仮にガソリン並みの手軽さとコストで水素が手に入るとなれば、ミライは実に魅力的なサルーンだ。 ただし補助金が約200万円出る>スペック例【 ミライ プロトタイプ 】 全長×全幅×全高=4975×1885×1470mm |
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