期待を裏切らない第一印象。456万円の価値はあるいち早く試乗した同業者の記事は軒並みポジティブだった。こういう場合、無意識にハードルが上がり、試乗後、そこまでよいか? という印象を抱きがちだが、「トヨタ GR ヤリス」は上がったハードルを易々と超えてきた。走らせる喜びを感じさせてくれるホットハッチだった。最上級モデルは456万円と、ヤリスと聞いて想像する価格を大幅に上回っているものの、その価値はある。 ノーマルのヤリスが5ドアなのに対しGRヤリスは3ドア。それだけでなくヤリスよりぐっとロー&ワイドな専用デザインが与えられた。ヤリスより55mm長く、110mm幅広く、45mm低い。リアに向かって天地、左右ともに絞り込まれていくデザインのため、よけいにロー&ワイドに見える。 GA-Bプラットフォームこそノーマルヤリスと共有するものの、追求した剛性の高さ、空力性能の高さ、重量の軽さはまったく異なる。前後のライトまわりのデザインが同じ別のクルマと考えたほうがわかりやすい。なぜそんな手間なことをしたかといえば、そのほうがカッコいいからではなく、競技車両のベースとすべく開発されたからだ。結果としてカッコいい。 室内空間をかなり犠牲にしてまで大胆にルーフが低くなっているのは競技車両に装着されるリアウイングに効果的に風を当てるため。ボンネットフード、ドア、リアハッチがアルミでルーフがカーボン(そうじゃないグレードもある)と、軽量化、低重心化のために贅沢な素材が用いられる。後席は2名掛けで、ラゲッジスペースもミニマムだが、後席を倒せばタイヤ4本を収めるだけのスペースが確保されているのはサーキット走行の予定があるユーザーにはありがたいはずだ。 専用設計ならではの特別感、操作系のレイアウトも完璧GRヤリスは、ベースとなる市販車を競技車両に仕立てたのではなく、競技車両を市販車に仕立て直したという触れ込みだ。消費者としては魅力的ならどっちでもよいが、前述の通り、たしかにヤリスを仕立て直したのではこうはいかなかっただろうと感じさせる部分が随所に見られる。 まず最上級のRZハイパフォーマンスに試乗した。最高出力272ps、最大トルク370Nmものハイパワーを発揮する1.6リッター直3ターボエンジンは、現時点で他に搭載するモデルがない専用エンジンだ。組み合わせられる6速マニュアルトランスミッションも、多板クラッチを用いたトランスファーもこのクルマのために新開発された。86はトヨタとSUBARUの、GRスープラはトヨタとBMWの共同開発であることを考えれば、競技車両のベース車とはいえ、主要部分が丸々専用設計のGRヤリスが特別だということがわかるというもの。 運転席に腰を落ち着けると、車外で想像したほど視線は低くない。バケットシート、ステアリングホイール、シフトレバー、ペダル類のレイアウトが完璧で、走らせる前から一気に気分が高まる。視界も悪くない。競技のためにパーキングブレーキが今主流の電子式ではなくレバーで操作する古典的なハンドブレーキということもあり、運転席まわりにノーマルヤリスでは豊富な小物の置き場がほとんどないが、それも許せるレーシーな雰囲気に包まれる。 クルマが速いのでシフトの回転合わせ機能が重宝するステアリングのアシスト量が最小限で、パーキングスピードではかなり手応えがあるが、走り始めるとちょうどよい重さとなる。ためしに力を入れてステアリングホイールを上下に揺らしてみるが、ステアリングポストが高剛性で頑として動かない。合わせてシフトレバー、ペダル類も遊びがほとんど感じられない。つくりのよさが操作系のすべてからひしひしと伝わってくる。 低回転域から効果的に過給されているのだろう、アクセル操作と加速に時間差を感じることがなく、スピードをコントロールしやすい。アクセルを速く深く踏めば、それに応じた加速を見せる。レスポンシブなので加減速そのものがエンターテインメントだ。アクセルコントロールにギアチェンジを絡めながら、状況に応じて走りをコントロール…早い話が山道を活発に走らせると、運転している実感が得られる。 よくできたAT車をパドルでマニュアル変速しながら走らせるのも悪くないし、近頃のATならそのほうが速くスムーズに走らせられるが、左手でのギアチェンジ、左足でのクラッチ操作が加わると、忙しく難しい分、うまくいったときの充実度が高い。 このMTにはギアダウン時に回転を合わせてくれる機能が付いている。以前カローラで同じ機能を試した際、回転合わせという、MTで最も面倒だが最もやりがいのある操作を自動化しちゃったらわざわざMTを選ぶ意味が薄まるので不要だと感じた。開発者は採用の理由を幅広い層にMTを楽しんでもらうためとするが、「醍醐味を奪っておいてMTどうぞ」と言われているような気がしてイマイチ納得できなかった。 けれどGRヤリスで試してみて、このクルマにはアリだなと思った。クルマが速くて本当に忙しいので、ブレーキペダルを踏んで正確に減速しながら同時にかかとでアクセルペダルを踏んで正確に回転合わせをするのが難しいからだ。回転合わせをクルマに任せるとブレーキコントロールに集中できて純粋に助かった。もちろんキャンセルもできるので、備わっていてもよいと考えを改めた。 前30:後70のスポーツモードが楽しいエンジン以上にボディと足まわりが素晴らしい。それらが素晴らしいからこそエンジンを存分に味わうことができると言うべきか。ともあれ山道を走らせるのにこんなに没頭したのは久しぶりだ。高剛性ボディのメリットは多々あるが、それがあれば足まわりを必要以上に硬く締め上げる必要がないという点が大きい。軽量、低重心な車体なので絶対的な姿勢変化は少ないが、ロールのスピードが穏やかで、状況を把握しやすい。 4WDシステムは、このクルマのキーテクノロジーだ。トヨタがスポーティーな走りのために4WDシステムを開発したのはセリカGT-FOUR以来約20年ぶり。GRヤリスのシステムの特徴は、センターデフ方式ではなく、より軽量な多板クラッチによって前後に適切なトルクを配分すること。セレクトスイッチによって、前60:後40(ノーマル)、前30:後70(スポーツ)、前50:後50(トラック)の3モードから選択することができる。 ある程度ペースを上げないと違いを感じにくいが、スポーツモードを選んで積極的に走らせると、コーナー出口での加速時にリアが膨らもうとする後輪駆動車に近い挙動が見られ、ドライバーは“やってる気”にさせられる。タイム計測して一番速いのはトラックモードだろうが、走らせて楽しいのはスポーツモードだ。ノーマルモードの必要性がわからなかったので尋ねると、低ミュー路などで減速しながら曲がるようなケースではこの配分がスムーズなのだという。 次に試乗したRSは、ノーマルヤリスと同じ1.5リッター直3エンジンとCVT(10速マニュアル変速機能付き)を組み合わせたFWDモデルで、いわゆる“なんちゃってモデル”だが、見てカッコいいスタイリングがまんま手に入るので、それで十分という人には魅力的のはず。カタログ燃費(WLTC)はノーマルヤリスのガソリンモデル(21.4~21.6km/L)ほどではないにせよ、18.2km/hとRZ系の13.6km/Lよりずっといい。ちなみにGRヤリスは燃料タンク容量がノーマルヤリスの40Lに対し50Lと10Lも多いので、航続距離はノーマルよりも長い。 一つひとつのパーツの工作精度を競技車両用並みに上げれば素晴らしいスポーツカーができるが、市販できる価格に収まらない。GRヤリスは市販車の工作精度のパーツを、手練の職人がうまく組み上げることで、車両として競技車両並みの精度を出しているという。そのために元町工場に専用ラインを設け、ところどころ手作業を交えながら生産される。 ところでGRヤリスは本来トヨタが2021年シーズンのWRC(世界ラリー選手権)を戦うマシンのベースになるはずだった。20年初めからテストが重ねられていたが、Covid-19の影響でテストが禁じられ、開発を断念。21年シーズンは20年シーズンを戦った旧型ヤリス(日本名:ヴィッツ)ベースのヤリスWRCを継続使用することになった。22年からはWRCの規定が大幅に変更される予定のため、GRヤリスは競技車両としては宙ぶらりんとなってしまった。 往年のランエボやインプレッサWRX STIが世界的に人気を集めたのは、WRCでの活躍によるところが大きい。GRヤリスがデビューとともにWRカーになり損ねたことは、マーケティング面でのダメージはあるかもしれない。ただ出なければ勝てないけど負けないわけで、出ていたら活躍しただろうと語り継がれる“伝説の”マシンになる要件を満たした……などとひねくれた見方をする必要はなくて、トップカテゴリーに参戦せずとも、愛好家が購入してさまざまなカテゴリーの競技に参戦するためマシンとして期待されている。実際、国内のラリー、ダートトライアル、ジムカーナをこのクルマで戦うべく準備している選手もいるそうだ。 トヨタは先日、21年3月期の連結決算について売上26兆円、利益1兆3000億円を見込むと発表した。コロナ禍にあってしっかりと利益を確保する健全、頑強な経営をしているからこそ、昨今の人々の興味のど真ん中とは言えないものの、少数ながら歓喜する人が確実に存在するスポーツカーを開発、市販することができるというもの。そういう意味ではエコカーのヤリスがスポーツカーのGRヤリスを生み出したと言えなくもない。 スペック例【 GRヤリス RZ ハイパフォーマンス 】 |
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