小さいことにこだわった発売は来年2月の予定だが、トヨタのBセグメントを支え続けてきたヴィッツが9年ぶりにフルモデルチェンジを果たした。そしてこれを機に、長らく欧州名として使われてきた「ヤリス」が、日本でもグローバルネームとして採用されることとなった。 これまでトヨタの小型車需要は先進国が7割だったが、ダイハツとの協業から現在はその割合が逆転。世界に高水準な小型車を均等にデリバリーすべく、そのコンセプトに「ヒエラルキーレス」を強く掲げたこの4代目モデルから、“ヤリス”の名前で再スタートを切ることになったのだという。 そして今回はこのプロトタイプを、袖ヶ浦フォレストレースウェイでテストすることができた。しかしまずその印象を伝える前に述べておくべきは、ヤリスが先代に比べてサイズアップを果たさなかったことだろう。クルマというのは代替わりするごとに、そのサイズを徐々にでも拡大して行くのが定石。それはユーザーに先代よりも広々とした室内空間や荷室空間を与えることで、これまでよりもワンランク上の利便性や高級感を提供し、購買意欲を高めるためだ。また拡大したトレッドやホイールベースによって、高い走行安定性を実現することにも利用される。 子育ての終わった世代やミニマルなクルマを欲するダウンサイザー需要などでも、“小型車の大型化”はもはや定番となりつつある。「フォルクスワーゲン ポロ」や「ホンダ フィット」、トールワゴンが全盛の軽自動車などはその好例だろう。 対して新型ヤリスは、小さいことにこだわった。その理由は走りの性能を高めることにあるが、そんな英断ができるのは、トヨタがこのヤリスをベースにして、スペース系の派性モデルを作る体力をもっているからに他ならない。ちなみにヤリス日本仕様のスリーサイズは、全長3940×全幅1695×全高1500mmで、ホイールベースは2550mm。タイヤ径などを含めトレッドは、欧州仕様よりもナローになるのだという。 操作性向上のため着座位置を低くし運転姿勢を適正化最初に試乗したのは、1.5リッター3気筒エンジンを搭載するハイブリッドだった。ちなみにこのモデルは従来型に比べ50kgの軽量化を果たしながら(開発目標値は1050kg)、ボディ剛性は30%も向上したという。それを実現する要となったのは、小型車用に新規開発した「GA-Bプラットフォーム」だ。パワーユニットやシートといった重量物の搭載位置を可能な限り低重心化し、ハイテン系鋼板の投入と入念なスポット溶接、構造接着剤を用いて作り込んだ、トヨタの自信作である。 クローズドサーキットでストレート2本。イン/アウトラップ含めて僅かに2周という中で、はやる気持ちを抑えながら最初はパーシャルスロットルのままコースイン。EVモードは1コーナーの上り坂をインベタで上がる頃には費えてしまったものの、ハイブリッドとしてはかなり長めのEV走行ができた印象だった。そこには動力性能を15%以上向上させた新型ハイブリッドの投入に加え、軽量化による恩恵が影響しているのだろう。その可能車速も、70km/hから130km/hにまで大幅なスピードアップがなされた。 またサーキットの路面はグリップを高める舗装にはなっているものの、一般路と比べてきれいで平らだから乗り心地やロードノイズについて安易に精査できないが、エンジンが稼働してからもアクセルを全開にしない限り、車内はかなり静かであった。 室内空間でまず感じるのは、良好な視界。そして助手席との距離が、近すぎないことだった。フロントウインドーはそれほど大きくなく、Aピラーが極端に立っているわけでもない。ルーフまでの距離も適正で、先代のようなむだに広い頭上空間があるわけでもない。 しかしながら圧迫感がほとんど感じられないのは、操作性向上のために可能な限り下げられた着座位置によるものだろう。具体的にはお尻と踵(かかと)の距離を短く取ることで、運転姿勢を適正化させたのだという。ステアリングもトヨタの中では、一番小さい部類に入る。 我々男性には、そして運転好きにとってヤリスの運転席は、非常に居心地の良い空間だ。しかし体格の小さなドライバーには厳しくないだろうか? と訪ねると、開発者は社内でも入念なリサーチを行い、「ここまでなら許せる」というギリギリの低さを狙ったと教えてくれた。 サーキット領域でも楽しめるHV、4WDのE-Fourも好印象そんなヤリス ハイブリッドの走りは、Bセグメントのコンパクトカーとしては非常にクリーンで、気持ちの良いパワー感を持っていた。モーター及びバッテリーは出力向上を果たしたというが、システム出力値はまだ未公表(燃費性能目標は20%以上向上しているという:WLTCモード)。ものすごくパワフルという感じではいが、軽いボディと相まって着実に速度を上げていく。全開領域でエンジンのサウンドはかなり抑え込まれており、3気筒ユニットのバイブレーションを意識させない。きれいに回る小さな自然吸気エンジンの心地良さに、モーターのトルクがきれいに追従してくる、完成度の高いハイブリッド車であった。 モーターやバッテリーがあるだけに、サーキット領域で走らせると慣性重量の大きさは感じる。ブレーキングでフロント荷重を乗せすぎるとタイヤは一気に潰れるが、これを水平まで起こして行くとヨーモーメントが起こしやすく、ハンドルを切るときれいに旋回してくれる。そしてコーナーの出口からアクセルを踏んで行けば、旋回Gを縦方向に変換しながら、前へ、前へと進んでくれる。その動きはすべてにつながり感があり、穏やかさの中にも質感の高いドライビングが楽しめた。 同じハイブリッドでも素晴らしかったのは、シリーズ初の4WD「E-Four」の走りだった。リアモーターやドライブシャフト重量の増加はむしろ前後の重量バランスを適正化させ、ヨー慣性モーメントはどんぴしゃ。ターンインではほどよく巻き込むため姿勢が作りやすく、コーナリング時はこれが安定する。4WD自体はこうした全開領域で後輪に駆動を掛けないようなのだが(あくまで雪道などでのスタート用らしい)、そもそもの前輪トルクによって美しくコーナーを立ち上がって行く。このシャシーバランスの良さは、雪道でも実感されるはずである。これでようやく、北国の人々のニーズが満たされることになるだろう。 スポーティな1.5Lガソリン車はCVTが気持ちよさを引き立てる厳密に言えばトランスミッションの違いはあるが、ここからモーターとバッテリーを取り去った1.5リッターFFモデルの走りは、単純明快スポーティだった。ダイナミックフォースエンジンと銘打たれた「M15A」の性能は前述の通りだがワイドレンジとなった「ダイレクトシフトCVT」が良好な追従性でその気持ちよさを引き立てたからである。パーシャル領域におけるパワーバンドの維持、そこからアクセル開度を増やして行ったときの“ツキ”はもちろん、急激に全開を与えたときも、回転だけが上がってしまうようなラバーバンドフィールが出ない。今度はじっくりと、街中でこのCVTを試したいと思える第一印象の良さであった。 ブレーキングでは車体の軽さをハイブリッド以上に感じる。16インチタイヤは縦方向のグリップが高く、短い制動でスピードをコーナーに合わせることができる。逆に攻めすぎればクルマが「行き過ぎだね!」と教えるように、緩やかなアンダーステアが出る。そしてアクセルを待っていると、フロントグリップの回復して行く感触が手の平へ伝わって来る。 トヨタは「カローラ スポーツ」から、荷重移動時における前後のグリップバランスをきちんと調整するようになった。その傾向はヤリスにおいても健在で、きちんとフロントに荷重を移すと、コーナーではリアがほどよくグリップを減らして旋回性を高めてくる。 オーバーステアが出た際に下り坂の第3コーナーなどではVDC(車両安定装置)が唐突に働く一面もあり、ここでブレーキによる安定化をもう少し細かく制御できたら最高であるが、ベーシックカーにそこまで求めるのは次の段階でもよいだろう。カウンターステアを大きく当てるようなオーバーステアは発生せず、トータルとしてはとても気持ち良く走ることができる。 6MT車は若者たちの入門車になればさらに言えばヴィッツレースのベース車と思われる14インチタイヤに6MTの組み合わせは、4輪グリップの全てを使い切って、クルマを走らせる楽しさに満ちていた。決してオーバークオリティではないが、安っぽさもまったくない。こんなコンパクトハッチで走りの楽しさに目覚め、腕を磨いてヒール&トゥのひとつも決められるようになれば、86やスープラへの道が自然と開かれて行くようになるのではないか。 トヨタはカローラ・スポーツやC-HRにもマニュアルトランスミッションを設定しているが、このヤリスこそが若者たちの入門車になってくれたらいいと素直に思えた。 こうした走りができるのはシャシーバランスの良さがあってこそだが、それ以上にトヨタという大きなメーカーが、こうした本質的な走りを目指した英断には驚かされる。WRCに取り組む姿勢は決してメーカーとしてのコマーシャルではなく、プロダクトへの落とし込みなのだと素直に思える。 今回は1リッターモデルの試乗がなく、またベーシックなコンパクトカーに求められる要素としてはダイナミック性能しか確かめることはできなかったが、それでも十分に大きな手応えを感じることができた。走りが良ければクルマはカッコ良く見えてくるもの。欧州車にも負けないイケメンなヤリスは、走りもそれと同じくらいイケていた。 |
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