インフィニティのバッジを付けたスカイライン全盛期には日本だけで月販1万台を超えたこともある名車スカイライン。しかし日産は、先日モデルチェンジした新型スカイラインの国内月販目標台数を200台と見積もっている。わずか200台では広告宣伝にかけられる予算の確保もままならず、スカイラインがフルモデルチェンジしたことすら知る人は少ない。時の流れとは容赦ないものである。 しかし、後に詳しく述べるように、新型スカイラインは日産の最新技術を惜しみなく投入した力作だ。その背景には、インフィニティの主力車種として北米市場でライバルのBMW3シリーズを上回る台数を販売しているという景気のいい現実がある。日本ではその神通力を失いつつあるように見えるスカイラインだが、海外に目を転じれば、BMW3シリーズやアウディA4、メルセデス・ベンツCクラス、レクサスISといった強敵と互角に渡り合う存在なのである。とはいうものの、日産は日本でインフィニティブランドを展開していない。一時は検討していたが、収益の見通しが立たず断念した経緯がある。そのことが、新型スカイライン=インフィニティQ50の立ち位置をわかりにくくしている。 見ての通り、新型スカイラインのノーズには日産ではなくインフィニティのエンブレムが付いている。が、日本にインフィニティブランドは存在しないためインフィニティ・スカイラインではない。さりとてインフィニティのバッジを付けている以上、日産ブランドでもないというのが日産の立場だ。つまり、新型スカイラインは「日産ブランドでもインフィニティブランドでもなく、日産自動車が開発・生産するスカイラインというノーブランドのクルマ」なのである。スカイラインのプレス発表会の際、日産の社員は皆、スーツの社章を外して臨んだ。 こうした混乱を避けるためには、これまで通り、インフィニティのエンブレムではなく日産のエンブレムを付けるのがもっともシンプルな解だったはずだ。しかし、結果として「インフィニティ用に開発したモデルに日産のエンブレムを付けるのはまかりならん」という上層部の意見が通り、日本仕様にもインフィニティのエンブレムが付くことになった。日産は日本でもっともダイバーシティの進んだ自動車会社であり、上層部には多くの外国人がいる。50年以上の歴史を持つ名車「スカイライン」も、彼らにとっては数多く存在する商品のひとつに過ぎないのだろう。そう考えると寂しい気持ちになるが、クルマに罪はない。新型スカイラインの実力はいかに? 老舗のタレは捨てた?ブランディング上の混乱が生じているスカイラインだが、試乗会での商品説明を聞いてさらに面食らった。商品企画担当者が「スカイラインという老舗のタレは捨てて一から新しく作りました」と言ったと思いきや、次に登場した車両開発責任者は「スカイラインの伝統を重視して作りました」と言うではないか! いったいどっちが本当なの? 新型スカイラインは3.5L V6ハイブリッドのみで価格は462.5万円~。300万円そこそこで買える2.5Lモデルもあるが、これは継続販売されている先代モデルであり、この際無視していい。つまり新型スカイラインは、価格面ではレクサスISや、ドイツ製ライバルの低価格帯モデルと完全に競合するところに移行したことになる。マークXはもはやスカイラインのライバルではないのだ。来年にはメルセデス製の2L 4気筒ターボを搭載したモデルも追加される予定だが、継続販売されている先代モデルより価格は高くなるはず。そういう意味で、商品企画担当者の老舗のタレ発言もわからなくはない。 ならばなぜ車両開発責任者は「伝統」という言葉をわざわざ持ち出したのだろう? そのあたりを聞くと「スカイラインは伝統的に走りにこだわってきました。新型はその部分にさらに磨きをかけることで、欧州車に負けない実力を与えることを目的に開発を進めました」という答えが返ってきた。要するに、スカイラインの伝統をより高みへと押し上げることで、これまでのスカイラインの枠から脱却し、3シリーズなどを中心とした世界のライバルと正面から戦えるクルマへと成長させるのが日産の狙いというわけだ。 だとすれば、表現の違いこそあれ、商品企画も車両開発も同じ目標を見据えていることになる。老舗のタレを捨てたという表現は誤解を招く恐れがあるから「老舗のタレをベースに新しい味を加え、より美味しいものを作った」とでも言っておいた方がよかったとは思うけれど、実のところ両者の発言に齟齬はない。 世界初、ステアバイワイヤならではの直進性新型スカイラインのトピックは数多ある。なかでも注目したいのが世界初のステアバイワイヤである「ダイレクトアダプティブステアリング」だ。ここで言うワイヤとは物理的な力を伝えるワイヤではなく電気を通すコードのこと。現代のクルマは、アクセルペダルこそバイワイヤになっているものがほとんどだが、ステアリングホイールと前輪の物理的な連結を断ち、センサー、コンピュータ、アクチュエータを介したシステムで操舵するステアバイワイヤは今回が初。ステアバイワイヤのメリットは、ステアリング操作量に対する前輪の切れ角をいかようにでも制御できること。それどころか、ステアリングを回さなくても前輪を勝手に動かせる。 ダイレクトアダプティブステアリングは、轍や路面の傾斜、横風などの外乱に対し、前輪の動きを細かく制御することにより、異次元の直進性を実現したという。事実、新型スカイラインの直進安定性には驚かされた。前方に傾斜を見つけると、ドライバーは無意識のうちにクルマの動きを予想してステアリングを保持したり、軽く逆方向に切ったりする。ところが新型スカイラインではそういった操作が不要で、軽くステアリングに手を添えているだけで完璧な直進性を保ってくれる。深い轍でも同じだ。慣れるまでは肩すかしを食らったような気分になるが、これが当たり前になると他のクルマの直進性に不満をおぼえるようになるかもしれない。 さらに、カメラを使って路面の白線を認識し、車線と進行方向のズレを検知して前輪の角度や操舵反力を調整するアクティブレーンコントロール(70km/h以上で作動)が加われば鬼に金棒だ。修正舵を減らしてドライバーの疲労を低減するのが目的だが、「強」に設定すると高速道路の緩いカーブならほぼ自動で車線内をトレースしてくれる。先行車との間隔を保つインテリジェントクルーズコントロールとセットで使えば自動運転に近い感覚を味わえるのだ。 ダイレクトアダプティブステアリングのメリットは疲れにくさだけではない。スポーツモードを選択するとステアリングの特性がはっきりとシャープになる。そのときの車両挙動はまさにスポーツカー的だ。あまりのシャープさに「少々やり過ぎでは?」とも感じたが、開発者によると「ごく短時間だけスポーツカー感覚を味わっていただくのが狙いです」との言葉に納得した。たしかに、わずかな時間なら過敏さが鼻につくことはなく、楽しいと感じられる。ひとときのスポーツカー感覚を満喫したら、元のモードに戻せば扱いやすい動きが復活する。こうしたジキルとハイド的な味付けができるのもバイワイヤならではだ。 きついカーブが連続するような場所での切り返し時にステアリングが妙に重くなる、ステアリングの戻り方に人工的な感触をおぼえるケースがあるなど、違和感がある部分も残っていたが、鮮やかなモード切り替えや車線トレース機能との親和性、そしてなにより外乱をものともしない見事な直進性には驚かされた。 「技術の日産」を思い出す3.5L V6に1モーター2クラッチ式のハイブリッドシステムを組み合わせたパワートレーンは、フーガハイブリッドと基本的には同じものだが、制御の見直しなどにより大幅に洗練度を高めている。具体的には、クラッチを断続するときに生じていたショックが見事に封じ込められ、注意深く観察するか、モニターに表示されている走行モードを見なければ、EV走行→ハイブリッド走行→EV走行といった走行モード切り替えに気付かないほどだ。 パワフルな3.5L V6に出力68psのモーターを組み合わせ、システム最高出力364psを誇るハイブリッドシステムは素晴らしい加速性能を生みだしている。0-100km/h加速4.9秒という数字はR34型GT-Rに匹敵する。これで不足を感じるならよほどのスピード狂だ。それでいて燃費は18.4km/L(JC08)に達するのだから、動力性能と燃費のバランスポイントは特筆に値する。街中や高速道路をゆったり流しているときの静粛性やスムースさにも高得点が付く。燃費は2.5L 4気筒にモーターを組み合わせたレクサスIS300hに及ばないものの、速さ、上質感ともにスカイラインの圧勝だ。 歩行者認識機能がないことを除けば、世界でもっとも進んだ安全装備を備えているのも新型スカイラインの魅力だ。なかでもミリ波を先行車の車体下を通すというウルトラCにより、2台前のクルマまで検知する世界初の前方衝突予測警報には驚いた。当然ながら、2台前を見ていれば追突のリスクはさらに低減する。もちろん、相対速度60km/hまでなら衝突を回避するエマージェンシーブレーキも装備する。 世界初のステアバイワイヤ、圧倒的な動力性能と優れた燃費を両立したハイブリッドシステム、世界最先端の安全デバイスなど、新型スカイラインには、「技術の日産」という、最近忘れかけていた言葉を思い起こさせる要素がぎっちり詰まっている。加えて、ガッチリしたボディや、初モノであるステアバイワイヤをここまで違和感なく仕上げてきたチューニングの妙といったアナログ的作り込みにも日産の底力を感じた。それこそ「スカイラインの伝統」である走りへの強いこだわりだ。 絶対的には決して安くはないが、実力や装備内容を考えれば価格的にもかなり魅力がある。こんな力の入ったクルマがたったの月間200台とは弱気すぎるのでは? と思っていたら、発売日にはすでに2年分に近い4200台の受注が入っているという。新しいスカイライン伝説は、この13代目から始まるのかもしれない。 |
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