他の駆動システムへの応用力が高いe-POWERセレナを含むMサイズミニバンは、トヨタ、日産、ホンダの3強による寡占市場だ。安定している(が、もはや急拡大もしない)国内ミニバン市場のなかで、お互いが手のうちをほぼ知り尽くした状態でやりあっている。 2014年にトヨタが現行ヴォクシー/ノア(とエスクァイア)でクラス初のハイブリッド化に乗り出して、その売り上げが全体の2~3割を占める……となれば、日産とホンダも指をくわえて見ている場合ではない。というわけで、ステップワゴンが昨年秋、そしてセレナもこの早春にハイブリッドを追加。その投入時期もここまで揃ってしまうとは、この市場では「とりあえずライバルと同じ土俵にあがる」ことが肝要なのだろう。 日産の開発陣によると、セレナのハイブリッド化にあたっては現実的な選択肢が2つあったという。ひとつがエクストレイルと共通の2.0リッターベースの1モーター2クラッチ型。そして、もうひとつが、セレナハイブリッドの企画構想当時はまだノートへの搭載を念頭に開発中だったe-POWERである。その時点では日産もノート e-POWERがこれほどの人気商品になるとは想像しておらず、すでにそれなりに重いクルマ=SUVでも実績のある2.0リッターのエクストレイル型のほうが無難ではあった。 ただ、e-POWERのようにタイヤを直接駆動する部分を完全電動化してしまえば、あとは電動モーターを回す電力をどう運搬・供給するかは、それこそ各市場や時代の要求、技術の進歩に合わせて自在に変えられる。今のe-POWERのように全電力をまかなえる発電エンジンを積めば、それは普通のハイブリッド車になるし、逆に充電式バッテリーをたっぷり積んで純粋な電気自動車(EV)に発展させることも技術的には難しくない。また、e-POWERに外部充電システムを追加すれば即座にプラグインハイブリッドになるし、市場ごとにエンジンとバッテリーの大きさをバランスさせることも比較的容易だ。 6%勾配で発電用エンジンの能力をテストすでに実績のあるエクストレイル型か、あるいは(開発当時は)まだよく分からないe-POWERか……と現場はギリギリまで迷ったそうだが、最後は当時の製品開発担当副社長の強い後押しもあってe-POWERが選ばれた。EVに社運をかける日産としては「e-POWERこそ自分たちの技術資産を効率よく活かせる技術であり、これをモノにするのが自分たちの進むべき道」といった機運が社内にあった……と開発陣もふりかえる。 それにしても、ノートより500kg以上重いセレナで、パワーの源となるエンジンを1.2リッターのままで成立させている点には、素直に驚くし、感心もする。ただ、現場の理屈は逆だ。ノート用の基本ハードウェアそのままでセレナでも成立するメドが立ったから、開発コストも抑制できる。だからこそセレナ e-POWERにゴーサインが出たと考えたほうが正しいだろう。 セレナ e-POWERではモーター出力もノートのそれより向上させているが、電動化パワートレインではモーター本体以上にそれに見合う電力を供給できるかがカギ。その意味では、セレナにe-POWERを搭載する際のキモはやはり、1.2リッターエンジンの高出力化とリチウムイオン電池の大容量化だろう。 シミュレーション上は成立可能とされたセレナ e-POWERながら、実車で本物の公道を走るまでは開発チームに不安もあったという。最大のハードルはもちろん上り坂で、リチウムイオンが底をついて、電力をダイレクトに1.2リッターエンジンだけでまかなう状態になっても、日産の国内設計基準「6%の勾配をのぼりきる」をクリアしなければならない。 6%勾配を含むリアルな長いのぼり坂といえば、日産が本拠を置く関東圏では中央自動車道下り線の談合坂である。セレナ e-POWERは談合坂で幾度となく登坂テストを実施して「問題なし」の結論を得た。実際の談合坂は平均勾配が5%で、もっともキツい部分の勾配は6%を超える。セレナ e-POWERはもろちん、そこをバッテリー残量なしでも上り切るだけの地力をもたされているが、現実走行では途中で減速も入って回生もするので、まだ余裕があったという。 静粛対策が効いている室内。低速での乗り心地も好印象……といった開発秘話をうかがうに「そんなギリギリの動力性能なのか!?」と不安にもなる。しかし、少なくとも今回の横浜試乗会のように市街地や首都高速で転がすかぎり、セレナ e-POWERの走りは力感たっぷりだ。 従来からある2.0リッター車に対して、しつこいようだが、e-POWERのパワー源は1.2リッター。長い直線での全開勝負や最高速対決では根本的にパワフルな2.0リッターにゆずるのは当然としても、わずかでも加減速があれば、電気動力ならではの間髪なしのピックアップと谷間のない加速感で、体感的には2.0リッターより速いクルマに感じるくらいである。とくにここ一発の加速には、必要とあれば数kmのEV走行も可能なほどの容量をもつリチウムイオンが効いているっぽい。 こうしたギリギリのパワートレイン開発のなかでも、ノートよりあえて低回転を多用するエンジン制御にしているのは、静粛対策だそうである。そういわれると、セレナ e-POWERはなるほど印象的なほど静かだ。エンジンが高回転に張りついてもその音は遠く、ロードノイズ抑制も優秀である。 その静粛性に加えて車重も増えているので、低速での乗り心地が2.0リッターガソリン車より好印象なのは予想どおりだとしても、操縦性や操舵反応もより正確にリニアに感じられたのは、嬉しい驚きだった。開発担当技術者によると、意図的にスポーティな操縦性を求めたとか、シャシーに特筆できる改良が施されたわけではない。ただ、前席下にリチウムイオンを搭載するためにそのフロア周辺を強化したこと、レイアウト的に2.0リッターより低重心化されていることが、e-POWER独自の利点としてある。 また、車重の関係でe-POWERはハイウェイスターでも15インチタイヤ(これまで2.0リッターのハイウェイスターは16インチ)を履いており、平均速度の低い今回の試乗ルートでは、ハイトの高い15インチのメリットがとくに目立ったのかも……が担当氏の分析だった。 ホンダi-MMDより単純な構造ながら断続感無くより滑らかアクセル操作に対する反応遅れなく、変速やエンジンの介在によるトルクの変動もないe-POWERでは、半自動運転の“プロパイロット”にもメリットが大きい。プロパイロット自体は2.0リッター車のそれと同じだそうだが、前走車への追従応答性や加減速の滑らかさは明らかに向上している。体感的にはシステムがバージョンアップしたかのようだ。 e-POWERも含む日産の電動駆動車に共通するのが、例の“ワンペダルドライブ”である。ノートやリーフに続く3例目で手慣れてきたこともあり、セレナ e-POWERでも、少なくとも乗員1~3名までなら数十分も乗ればアクセル操作のみで自在に加減速できるようになる。スムーズな交通の流れに乗るだけならブレーキペダルを操作する必要もほぼない。アクセル操作だけで運転できるようになると、加減速だけでなく、荷重移動も決まりやすくなって必然的に交差点やコーナリングもスムーズになる。「これなら同乗者も積極的にe-POWERを好むのでは?」と素直に思うことができた。 e-POWERはエンジンが発電に専念する“シリーズハイブリッド”だが、ホンダのステップワゴン スパーダが搭載するハイブリッド機構の“i-MMD”も現実的には大半をシリーズハイブリッドで走る。そのうえで、ホンダi-MMDは低負荷巡航時のみエンジン駆動となる。低負荷の一定走行ではエンジンで直接駆動したほうが高効率だからだ。 対するe-POWERの駆動役は完全にモーターのみで、ホンダより単純である。技術的にはホンダi-MMDのほうがより複雑で高度といえるが、実際のドライバビリティでは駆動にエンジンが介在しないe-POWERのほうが、断続感が皆無でより滑らか、そして静かで未来感も強い。個人的にはe-POWERのほうがより魅力的で心地よい。こうした理屈だけではない点が、商品づくりの難しさである。 “目からウロコ”レベルのデキも価格を考えると…従来からある2.0リッター車に対して、e-POWERはシートアレンジや細かい装備は異なるが、純粋なe-POWER代金はざっくり50万円といったところだ。その価格はやはり、競合するヴォクシー/ノアのハイブリッドやスパーダハイブリッドを強く意識した設定だ。 正直なところ、e-POWERに一度乗ってしまうと、その高級な乗り心地とスムーズな乗り味、そして運転のしやすさ……で、個人的にはもはや2.0リッター車には魅力を感じなくなってしまう。さらに細かい話だが、セレナではe-POWERにだけ装着可能なステアリングヒーターも、中年になると涙が出るほどありがたい装備なのだ。ただ、開発担当氏は「このセグメントはコストにシビアなお客様も多く、e-POWERの最終的な販売比率は他社と同じくセレナ全体の3割程度に落ち着くと予測しています」と語る。 セレナe-POWERの本体価格は基本的に300万円台で、サイド&カーテンエアバッグやプロパイロットなどを選んでいくと、あっという間に諸経費込み400万円の世界に近づいていく。セレナe-POWERの乗り味はちょっとした“目からウロコ”レベルのデキではあるが、この価格帯になるなら、内外装や装備にもう一歩サービス精神や特別感がほしい気もするが、そうなると価格はさらに上がるのだろうから、それもまた痛し痒しである。 スペック【 セレナ e-POWER ハイウェイスター V 】 |
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