浮世離れかつストイックな最高峰ブランドこれまでに数多くのクルマを試し、多くのクルマを“乗り心地がよかった”と評した。今さらではあるが、しかしそれらすべてについて、“まあまあよかった”に訂正させていただきたい。先月、本当に乗り心地がよいクルマに出くわしてしまったからだ。そのクルマとは新型ロールス・ロイス ファントム。ベタだが真実なのでしかたない。最新のロールス・ロイスは紛れもなくベストカー・イン・ザ・ワールドだった。 英国南部のグッドウッドにあるロールス・ロイスの工場の玄関には「Take the best that exists and make it better(ベストなものを手に取り、それをよりよくしなさい)」という言葉が掲げられている。これは創業者のひとり、サー・ヘンリー・ロイスの言葉。本来、彼の言葉は「あらゆることに完璧を目指しなさい」で始まり、さっきの言葉があって、その後に「ベストなものがなければつくりなさい」と続く。なんてストイックなんだ。 そんな彼が1925年に国家元首やスーパースターなど、世界中のパワフルな人々向けのクルマとして世に問うたのが初代ファントムだ。突然だが、ここで現行ロールスのラインアップをご紹介。ファントム、ゴースト、レイス、そしてドーン。英語のニュアンスとしてはいろいろ違うのかもしれないが、ざっくり訳せば、幽霊、幽霊、幽霊、そして夜明け! 突然夜が明けて、世界中の顧客は戸惑ったのではないか。それくらい幽霊づいているメーカーだ。なぜならどれも幽霊のように静かだから。 新しい後見人がビッグネームを再び輝かせたもう少しだけ昔ばなしを。初代ファントム登場から92年。その間このビッグネームがずっと脚光を浴び続けたわけではなく紆余曲折があった。ところどころ生産が途切れて別の幽霊がその役目を果たしていた時期もあれば、事実上英国王室のためだけに細々と製造されただけの時期もある。80~90年代はブランドが疲弊し、開店休業に近かったといっても過言ではない。 だがミレニアムのあたりに転機が訪れた。BMWがロールス・ロイスを買収、新しい後見人となり、新しいファントムを手掛け、2003年に復活させた。それが今も時々見かけてはその大きさにギョッとする“走るパルテノン神殿”ことファントムVIIだ。 あれからさらに14年が経過し、2017年、ファントムはVIIIへと進化した。全長5762mm、全幅2018mm、全高1646mm、そしてホイールベース3552mmと、乗用車最大級のサイズは相変わらず。今回初めて同時並行で開発され、初めて同時に発表されたEWB(エクステンディット・ホイールベース)の場合、全長が5982mm、ホイールベースが3772mmとなる。 サイズを比較する以外の意味はないが、SWB(スタンダード・ホイールベース)のほうでも、高さを除いてトヨタ ハイエースのスーパーロングのワイド(全長5380mm、全幅1880mm、ホイールベース3110mm)より大きいのだ。ハイエースは最多で定員14人乗り、ファントムは4人もしくは5人だ。 ロールス・ロイス“専用”の新世代プラットフォーム新型でもフロントグリル(手作業で磨かれたステンレス製)は神殿として祀られた。ただしプレスリリースではパンテオンと表現されている。パルテノン(ギリシャ)からパンテオン(ローマ)へ。呼び方はともかく、歴代直立していたフロントグリルが新型ではわずかにスラントし、エンジニアはエレガントさを増すためと言っていたが、空力性能の向上を図ったのではないだろうか。それでもグリルはファントムVIIよりも高く持ち上がり、スピリット・オブ・エクスタシー(格納可)の位置は1インチ高いという。 巨大なグリルに比べるとずいぶん控えめなサイズのヘッドランプはデイタイムランニングランプで縁取られ、内部に最長600m先まで照射できるLEDが仕込まれている。ビームかよっ! 観音開きのドア、後席住人を隠す極太Cピラー、走行中も常に正立するホイールセンターのロゴマークなどのお約束は守られた。リアドアに仕込まれるお馴染みの傘はテフロン加工だ。 ファントムVIIIには、彼らが「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」と呼ぶ新開発のオールアルミ製スペースフレーム・アーキテクチャーが採用された。さまざまな動力源、駆動方法、制御システムに対し拡張可能に設計されていて、今後のロールスすべてに採用するという。プレスリリースに「いわゆる高級車メーカーの大部分はプラットフォームを量産のSUVやGTと共有するという制限があるため、容認し難い妥協をせざるを得ません」と書き込んで挑発することで、このアーキテクチャーがあくまで(BMWには用いない)ロールス・ロイス専用であることを強調する。 開けていた窓を閉めると静寂が訪れる試乗会はスイス・チューリッヒ郊外にあるルツェルン湖のほとりに建つホテルを拠点に開かれた。最初にEWBの後席の住人になった。足を前へ投げ出すと同時に天井を見上げるほどリクライニングできるサルーンが多いなか、ファントムの後席は座面がフロアから高い位置にあり、膝を90度近く曲げる格好となり、リクライニングもほどほどの可動域しかない。これを体験する度に「後席はあくまで腰掛けるところであって寝そべるところじゃないのだよ」と説き伏せられているような気がする。当然ながら、前後席ともに手に触れる金属のようなパーツはすべて(メッキじゃなく)金属だし、ウッドに見えるパーツは(木目調ではなく)ウッドだ。レザーもしかり。 走行中の車内は信じられないくらい静かだ。キャビンとそれ以外を隔てるバルクヘッドとフロアに、発泡素材とフェルトを挟み込んだ2層の合金製スキンを配置することで、圧倒的な静粛性を実現している。遮音材は1台につきざっと130kg以上。内部に発泡体の層を形成して騒音を減らしたタイヤはコンチネンタルの専用品。180種類ほど試した結果、仕様が決まったそうだ。走行中に開けていた窓を閉めた時に最も際立って静粛性の高さを感じることができる。ノイズキャンセリングヘッドフォンのスイッチを入れた時に近い。 とは言うものの、静粛性の高さに最も大きく貢献しているのは6.75リッターV12ターボエンジンだ。最大トルク900Nmを1700rpmで発揮することで、音が高まるほど回転を上げる必要がない。試しにラフにアクセルを踏んで高回転まで回してみたら、シュルシュルシュルという音が遠くのほうから聞こえてきたような気がした。ロールス・ロイスにはタコメーターがないから何回転だったのかはわからない。代わりにあるのはアイドリング時に針が100%を指すパワーリザーブメーター。アクセルを深く踏めば踏むほどパーセンテージが減る。 走りのすべてを軽々とやってのけるSWBに乗り換え、今度は運転席へ。やや太くなったものの依然として細いリムの大径ステアリングの奥にはメーターナセル。そこから目線を横へずらすと地図などを映すモニターがあるのだが、その奥から助手席の前にかけて、水平基調のダッシュボードが美しい“ギャラリー”で彩られる。このギャラリーこそ新しいアーキテクチャーと並ぶファントムVIIIの大きなトピックだ。ここには何でも配置することができる。何でもだ。この世のほとんどのクルマは、この部分がプラスチックや樹脂で加飾されたり、ウッドやレザーといった高級素材が貼られる。ファントムのギャラリーはそうした常識にとらわれず、磁気でもいいし陶器でもよい。立体的な彫刻でもよい。刺繍が施されたシルクでも。とにかく何でも配置できる。望むなら木彫りの熊でもよいし、自分で描いた油絵でもよいだろう。とにかくオーナーが望む装飾を貼り付け、強化ガラスでカバーするのだ。強いこだわりがなければロールスの提案から選べばよい。 か細いATのセレクターレバーをドライブに入れて走行開始。運転しても静かな印象は変わらない。ロールス・ロイスはしばしば「我々のクルマはエフォートレスである」と胸を張るが、確かに走らせるのに何の労力もいらない。アシスト量の豊富なステアリングを保持して軽いペダルのアクセルに足を載せれば、クルマは恭しく走りだし、ペダルを深く踏めば音が高まることなく速度だけが増し、これまた軽いタッチのブレーキペダルを踏めば、車重2.5トンのボディがスッと止まる。自分で運転したい時、しなければならない時のために流行りのACCやレーンキーピングシステムも付いている。 操作系は全方位的に十分以上のアシストがはたらくため、ダイレクト感というものはない。が、アップダウンを伴うコーナーの連続を速いペースで走らせるのが楽しくないというわけでもない。まぁ貴重な体験をしているという意味での楽しさ、興奮が大部分であることを否定しないが、操る楽しさも確かに感じた。タイトなワインディングロードで、ボンネットフード先端のスピリット・オブ・エクスタシーを狙った方向に向けるべくステアリングを切ると、巨体は思いのほか俊敏に向きを変える。VIIに比べ約30%向上したボディ剛性や、新型に初めて備わったリアステアシステムが効果を発揮しているはずだ。ごく低速でふわふわとしたマジック・カーペット・ライドを演出していたエアサスは、必要が生じればグッと踏ん張り、巨体のロールをしっかりとコントロールしてくれた。 浮世離れなブランドは自動運転も電動化もどこ吹く風!?新しいファントムは完璧なクルマだった。しかし昔も今も決して一般的なクルマではない。それを我々にテストさせ、広くPRする意味があるのか? 同社広報のローズマリーさんに尋ねたことがある。彼女いわく「最高のモノを例えるのに“なんとかのロールス・ロイス”という言い方がありますよね。私たちはロールス・ロイスがそういう風に思われる状態をずっと保ちたいのです。そのために顧客の方だけじゃなく、広く世間にロールスが素晴らしいことを知っていただく必要があるのです」。納得。コメントのロールス・ロイスだな。 過日、ロールス・ロイスは自動運転について「研究はするが、我々の顧客は運転手を雇うことでとっくに(望まない時の)運転から解放されているので(AIにそれをやらせることに)あまり関心はない」との声明を出した。では自動運転に並んで昨今の自動車産業全体の関心事である電動化についてはどうか、開発責任者に尋ねてみた。「市場によってはやらざるを得ない可能性があるため、新しいアーキテクチャーは電動化に対応できる設計になっている。ただすでに十分パワフルで静かだったでしょ?」という答えが返ってきた。いやそのための電動化じゃないから! とツッコミそうになったが、彼らにしてみれば、顧客の多くが望んでいないことにあわてて取り組む必要性はないということなのだろう。なんとなれば彼らにはBMWがついている。“雑事”は彼らにやってもらえばよいのだ!? スペック【 ファントム(SWB)】 【 ファントム EXTENDED WHEELBASE(EWB)】 |
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