まるでブルーインパルスの航空ショー?前走車との距離は数十cm。6台の「WRX STI」が一列に隊列を組み、目の前を走り抜ける。次の周は、左右の車両間隔は最小で50cmを切っていたのではないだろうか、3台ずつが横並びの前後2隊列になり、目の前を走り抜ける。 栃木県佐野市、スバルの開発総本山にあるテストコース「スバル研究実験センター」の高速周回路。車体が空気を切り裂く音を奏でる速度、200km/hで隊列を組んで走り抜けるデモンストレーションからその日はスタートした。見るからに少しのハンドルの操作ミス、アクセルのコントロールミスで、前や横のクルマに接触しそうな編隊を組んで走る様子は、ブルーインパルスの航空ショーを連想させる迫力だ。 デモ車両には、スバルドライビングアカデミーのロゴなど専用意匠が施されていた。「んっ、スバルがドライビングスクールを開催している? 参加したい!」そう思ったスバルファンもいるだろうが、残念ながらそうではない。このアカデミーは、スバルが大事にする「安心」と「愉しさ」を高めるための、社内向けのドライビングスクール。いま目の前を走り抜けたドライバーたちの本業はエンジニアなのだ。 そう、普通ならデスクに座り、設計図とにらめっこをしているエンジニアが、高い運転技術とセンスを要する走りを体得している。まさにスバルの原点を確認できた瞬間だ。 エンジニアがテストドライバーという考え方スバルは古くから、設計者=エンジニアが開発車両のハンドルを握る体制を取ってきた。これは異例のことで、通常はエンジニアが開発した技術や変更を盛り込んだ開発車両をテストドライバーが運転し、そこで得た測定機器の定量評価やドライバーの感性評価をエンジニアにフィードバックする。それを元にエンジニアが修正を加えて、またテストドライバーがドライブする。その繰り返しでクルマは磨かれていくのだ。 しかしスバルでは、本人でなければ伝わらないような微細な変化も見逃さないように、エンジニア自らがハンドルを握る体制を取り、彼らが自分の感覚でクルマに施した変更や改善などの結果を直接判断している。設計者とテストドライバーの分業制とどちらが良いのかといった議論はあるだろうが、少なくともスバルが求める数値化できない「安心」や「愉しさ」を煮詰めるなら、有効な体制ではある。 しかしこの体制の確立は、言葉で言うほど簡単ではない。エンジニアがテストドライバーレベルの微細な変化を感じ取れる身体のセンサーを鍛えなければならないし、評価の軸となる“ぶれない運転”の基礎となる運転技術や知見が必須だ。 毎回、狙った速度、狙った走行ラインに正確に乗せられる技術。クルマに生じた差が、本当に変更によるものなのか? ドライバーの運転のちょっとした違いによるものではないのか? 雨や風や温度など、路面環境や外乱の変化によるものではないか? といったことも判断しなければならない。 簡単な話、それらを当然のこととしてやってのけるテストドライバーという“プロの領域が存在する分野”に、エンジニアが踏み込む必要があるわけだ。そこでつくられたのが、スバルドライビングアカデミーという運転技術や知見を深める社内教育訓練所。今は希望者20名が所属しているが、将来はより多くのエンジニアや開発関係者に門戸を開放していきたいというのがスバルの構想だ。今回はそんなトレーニングを実際に体験してみたので報告しよう。 一定の速度で走ることですら、実は難しいまずは設定された速度で走る精度を高める練習だ。WRX STIで1周4.3kmのオーバル状の高速周回路を走りながら、どれだけ指定された速度で走れたかをラップタイムでチェックする。オーバルコースのバンクは設計では180km/hでハンドルを保持しているだけで走れるはずだが、実際にはアクセル一定のままバンクへの差しかかりを意識せずに入ると、アクセル一定では少し速度が落ちるので調整が必要になる。また、たとえまっすぐ走っている時でさえ、路面には微妙な勾配があるので微調整しなければならないし、風向きが変わるだけでもクルマの抵抗は微妙に変化するものだ。 ちなみに、こうした速度の精度を高める練習は高速道路でも試すことができるので、周囲の安全に配慮しつつ、練習してみるといい。意外にも難しいことがわかるはずだし、もしも全ドライバーが正確な速度制御をマスターしたら、上り勾配で速度が下がって自然発生する高速道路名物の「サグ渋滞」は解消できる。 次は緊急ブレーキの反復練習だ。ABSを効かせた緊急ブレーキは当然として、ABSを効かせずに(ABSが作動する手前の制動力で)なるべく短く止まるという、タイヤの状況を感じ取りながら微細なブレーキ調整を体得する練習も反復して行う。僕もやってみたが、路面状況やクルマのブレーキ特性も解らないままのぶっつけ本番で、説明が不十分だったこともあり難しい。とはいえ、改めてABSの凄さを知るとともに、単調ではあるが何度も練習してみたいと思わせる内容ではあった。 業務として認められているドライビングアカデミー次はFR駆動の「BRZ」に乗り換えて、ウェットコースでドリフトを練習する。 ブレーキで前荷重を作ってハンドル切り込んでいくとリアタイヤが滑り出すので、後はアクセルとハンドル操作で滑りを維持しつつ、定常円を周回する。ただし、この定常円コースは路面の摩擦係数が半周ごとに変わるのがいやらしい。 幸い、レーシングドライバーとしての経験や、BRZ兄弟車の愛車86をミニサーキットに持ち込んでドリフトするなど遊んでいたので、このあたりは何の苦労もなくコンプリート。この定常円では4輪駆動モデルでも様々な運転訓練を行うらしいが、こんな愉しいトレーニングなら仕事そっちのけになってしまいそうだ。 最後に待っていたのはBRZでのジムカーナ。ここでは速く走るのが偉いのではなく、クルマの運動理論の理解を深めると同時に、いかに頭で描いた走行シナリオ通りにクルマを操作、走らせることができるかを訓練する。それらが高い次元で実現すれば、結果として速さも付いてくるわけだ。タイトターンなどではサイドブレーキも積極的に使うなど、メーカーのこの手の訓練にしてはかなりアグレッシブ。 こうしたアカデミーの訓練を、業務時間内に行えることにも驚いた。それだけ社内でアカデミーの効果や、運転技術の大切さが認知されている証だし、「安心」と「愉しさ」のために何が必要なのかが分かっているのだろう。 最後にこれは提案だが、このドライビングアカデミーをスバルユーザーにも開放したらどうだろうか。ファンとの交流はもちろん、ユーザーの声を直接聞く場としても有用だと思う。 |
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