日本発、世界戦略コンパクトクロスオーバーいかにもマニア受けしそうな欧州風の骨太デザイン、コンパクトサイズ、ハイトワゴン・パッケージ……の「スズキ・イグニス」に、かつてハンガリーから輸入販売されていた「スプラッシュ」を重ねる人も多いかもしれない。 まずは日本市場からスタートするイグニスだが、そもそもはグローバル商品。将来的には欧州投入も予定されており、スプラッシュの後継機種的な役割も織り込まれてはいるようだ。しかし、イグニスの商品企画担当氏は「これはスプラッシュの後継車ではありません」とハッキリと言う。 聞けば、そもそもスプラッシュにはイグニスを特徴づけているSUV的なコンセプトは想定されていなかった。スプラッシュがパーソナル・コンパクトカーなら、イグニスはさしずめファミリーユースやレジャー用途にも配慮したミニマム・クロスオーバーだ。 また、日本で生産されなかったスプラッシュに対して、イグニスの、少なくとも日本仕様は、静岡県の相良工場でソリオと混流生産される。スズキとGMの提携関係はすでに切れているので、スプラッシュのときのように欧州GM(欧州名オペル/ヴォクゾール・アギーラ)にOEM供給される予定はまったくない。 さらに言うと、イグニスの基本骨格はソリオと共通のグローバルAプラットフォームを土台とする。ちなみに、次期スイフトはスズキでいうB/Cプラットフォームをもとに開発中……とのウワサ。つまり、イグニスは、スイフトと共通プラットフォームだったスプラッシュよりひとクラス下のサブコンパクト・クラスなのだ。そう考えると、イグニスの価格設定(138.24万円~)はけっこう高めの気もする(スプラッシュの最終価格は132.4万円だった)。 軽規格の呪縛から解放されると…もっとも、動力性能や安全装備、室内空間を含めた実用性では、イグニスはすべてスプラッシュを上回っている。 最新の軽自動車のノウハウを駆使したパッケージは、エンジンルームも小さく、2435mmのホイールベース内に健康的な着座姿勢でシートをうまく配置している。前後オーバーハングをギリギリまで削り取った3.7mという短い全長に、後席スライドを調整すれば身長180cm級の4人がリラックスして座れる空間を確保しているのは、素直にたいしたもの。 ちなみに3.7mという全長はソリオとほぼ同等で、日産マーチよりは明らかに短く、これより短い白ナンバー国産車はトヨタ・パッソ/ダイハツ・ブーンだけである。 デザインについても、さすが普段は軽自動車という厳しい寸法枠で立体感を出しているスズキのデザイン力が炸裂している。明確なオーバーフェンダーや、大胆にチョップしたルーフラインなど、これだけ小さい体格ながら、いかにも伸び伸びと仕事をしている。昭和世代の欧州車かぶれの私も、これは素直にカッコイイと思う。 インテリアも妙に高級車のマネをしていないところがいい。左右対称の基本造形や、タブレット端末を無造作に張りつけたような中央ディスプレイなどは、グローバルで使われているデザイントレンドだ。この点は、いい意味で和製欧州車の雰囲気をただよわせる。 ボディカラーやアクセサリーで豊富な純正コーディネートを楽しめる商品戦略は、かつては「新色の開発すら禁止されていて、どんな新型車でも既存色からしか選べない!?」とまでウワサされた屈指のケチ……もとい、節約家のスズキとは思えない遊び心である。このあたりは、軽のハスラーでの成功体験によるところも大きいのだろう。 ちょっとしたスポーツハッチばりの快活さISG(モーター機能付き発電機)を内蔵した1.2リッター・マイルドハイブリッドのパワートレーンは、3.757という最終減速比まで含めてソリオ・ハイブリッドと共通。細部のチューニングも変わっていないという。 それでいて、車重はソリオより成人男性ひとり分(70~100kg)も軽いのだから、イグニスの動力性能はとても活発である。最上級の「ハイブリッドMZ」にはシフトパドルもつく。操縦性にもショートホイールベースらしい快活さがあるので、ちょっとしたスポーツハッチばりの味わいである。 シャシーのデキについては、他メディアやモータージャーナリスト諸氏のSNSコメントなどを見ると、あまり芳しくない評価も散見される。なかでも「乗り心地、とくに後席のそれがよくない」とか「限界が低い」といった種類の指摘が目立つ。 スズキが「後継車ではない」と言っているのに何度も引き合いに出して恐縮だが、そうした評価の背景には、異例に高度な高速スタビリティと剛性感たっぷりのパワステやシートを誇ったスプラッシュのイメージによるところも大きいのでは……とも思う。 スプラッシュの開発はスズキだったが、その主要納入先である欧州GMは独アウトバーンでの安定性にこだわり、企画開発段階からその意向が色濃く反映された。スズキが提示したプロトタイプは、欧州GMに何度も突き返されて、スプラッシュは最終的にああいうクルマになったのだ。対して、イグニスはスズキが企画・開発・生産して、スズキの自前ネットワークだけで販売される純粋なスズキ車である。 走りの味つけは最新のシャシートレンドと異なる日本メーカーが日本で量販するサブコンパクトカーとして仕上げたイグニスは、市街地を這いずる速度域から100km/hプラスアルファ程度まで……という日本的な使い方では、非常に快適な乗り心地を提供する。 なるほど、後席はソリオより上下動が多い気がするが、運転席に座っているかぎりはあまり気にならない。低速でもサスストロークはつっぱりもなくスムーズ。スプラッシュが和製ドイツ車だったとしたら、イグニスはさしずめ和製フランス車……といったらホメすぎか。 山坂道でのイグニスはちょっと昭和な薫りがする。“昭和”というのは、今どきとしてはリアの押さえがちょっと弱めという意味だ。リア優先の前後グリップバランスで、なにがあってもケツは滑らせない……という最新のシャシートレンドとは趣きが異なる。履いているタイヤも175幅のエコタイプ。つまり、ごくごく普通のコンパクトカー的なものなので、絶対的な限界も高くはない。 だから、不用意に急ハンドルを切ったり、コーナー途中で強めのブレーキングをしたりすると、イグニスはある領域からリアがブレーク気味に曲がりこもうとする。まあ、そのために横滑り防止装置があるわけだし、無謀な運転をしなければ、簡単に危険姿勢になるわけではないが、リアはもう少し押さえを効かせてもよいのでは……と思わなくはない。 ただし、わざわざここを読んでいただくような好き者が、そういう特性であるとわかったうえで走らせるなら、イグニスはこれはこれで、なかなかオツな味わいではある。 安全装備や「Apple CarPlay」も魅力的イグニスはキッカケを与えると素直に四輪もろともヨーを発生するので、荷重移動を積極的に活用して走りやすい。ロールやピッチング方向の動きも自然かつスムーズなので、タイヤのグリップ感も把握しやすい。そしてなにより車重が圧倒的に軽いので、少しばかり強引に振り回したところで“手のウチ感”が損なわれることもない。 こういう場面では、エンジンブレーキを細かく調整できるパドルシフトも重宝する。さらに、感心したのはフロントシート。このクラスとしてはサイズも立派で、座り心地とホールド性のバランスも良好だ。 イグニスをどう評価するかは、Aセグメントのサブコンパクトカーに、どれほどの走りと快適性を期待しているかにもよるだろう。少なくともマーチやパッソ/ブーン、そして同門のソリオとの比較では、イグニスはもっともよく走って、スポーティで高品質なクルマである。前記のように、ドライバーズカーとしてちょっとエンスーな味わいもある。 さらには、今や必須装備の事前察知安全性については、間違いなくクラストップだろう。自慢の「デュアルカメラブレーキサポート」が、高速道でも前走車や車線を着実に検知することは、今回も確認できた。ナビや音楽などiPhoneの機能を車内で使える「Apple CarPlay(アップル・カープレイ)」を国産車でいち早く純正展開するのも、フットワークの軽いスズキらしい。 穏健グレードでこういう走りを見せてくれるのなら、個人的にはもう少しシャシー&ボディを強化した“高性能イグニス”に思いを馳せたくもなる。ただ、欧州でエスクードなどに搭載されている1.4リッター直噴ターボや、スイフトスポーツの1.6リッターを、Aプラットフォームのイグニスにそのまま移植するのは簡単ではないらしい。となれば、次の一手はどうしてくれるのか? 期待したい。 スペック【 イグニス HYBRID MZ(2WD)】 |
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