議論の末、世に出た3列シート車BMW内部では、この種のモデルを世に送り出すことに関して白熱した議論が交わされたという。ここで言う「この種の」とは、日本ではミニバン、欧州では「ピープルムーバー」と呼ばれる3列シート車である。 オペルやフォード、あるいはフォルクスワーゲンといったフルラインメーカーであれば、そこにニーズがある限り商品投入をためらう理由はない。しかしプレミアムブランドとなると話は変わってくる。プレミアムブランドとして認められるための第一義的な条件は商品の優秀性だが、それと同じぐらい重要なのがブランドイメージだからだ。「そこにニーズがあるから」と、無計画に商品を投入したらブランドイメージが希薄になるか、最悪の場合破壊されてしまう。このあたりはジュエリーブランドやファッションブランドにも通じる話しである。 グランツアラーはX5に次ぐBMWとしては2番目の3列シート車だが、X5はあくまでSUVであることが主で、サードシートは余ったスペースに座席を置いたに過ぎない。それに対しグランツアラーはサードシートありきのクルマ。こうした「生活感」のあるモデルがBMWブランドに相応しいか否か。社内での議論の末、晴れて登場したのが2シリーズグランツアラーである。 BMWによってパンドラの箱は開けられたBMWはグランツアラーを「プレミアムブランド初のコンパクトミニバン」と呼んでいる。たしかに、メルセデスもアウディもこのジャンルにはいまだ手を出していない。両社ともに販売台数拡大を目指してラインナップを大胆に拡張中だが、少なくともコンパクトサイズの3列シートモデルをラインナップに加えるという計画は耳に届いてきていない。 だせば絶対に需要があるのはわかっている。しかし、自分たちはプレミアムブランドであり、その依ってたつところを脅かす商品を作るのはリスキーだ、という意識が彼らに二の足を踏ませている。これを「節度」と捉えるか、「呪縛」と捉えるかの判断は難しい。販売台数はすぐに数字となって答えが出るが、ことブランドイメージに関しては判断に数年間を要するからだ。とはいえ、BMWによってパンドラの箱は開けられた。 セカンドシートの空間はゆったり2シリーズグランツアラーは、すでにデビューしている2シリーズアクティブツアラーの全長を215mm(うちホイールベース110mm)ストレッチし、3列シート化したミニバンだ。全長×全幅×全高は4570×1800×1640mm。小さければ小さいほど嬉しい最小回転半径は5.5mから5.7mに増えたが、3列7人乗車(2+3+2)とのトレードオフだと考えれば目くじらをたてるほどの増えっぷりではない。 むしろ、3列目乗員のヘッドルーム確保を目的にルーフを高くした関係で、アクティブツアラーでは可能な1550mm制限立体駐車場への入庫がNGとなった点が、都市部に住んでいる人にとっては気がかりになるだろう。逆に、そこを除けばアクティブツアラーに対する実用上のディスアドバンテージはほとんどないということだ。 ホイールベースを伸ばした恩恵で、セカンドシートの空間はゆったりしている。130mmのスライドを活用すれば、どんなに大柄な人物が乗り込んでも窮屈な思いをすることはない。シート座面がやや薄目だからリラックスした着座感は得られないものの、カーブでのホールド性や荒れた路面での衝撃吸収性を含め、とくに大きな不満は感じなかった。 ただし、2列目が特等席かと言えば、そうではないよというのが正直なところ。シートの座り心地は運転席&助手席の方が上だ。現状は分割タイプのベンチシートだが、プレミアム感を演出するためにもキャプテンシート仕様があってもいいと感じた。 サードシートは近距離用。普段は5人乗りが正解3列目は、常時、もしくは長時間使うにはいささか貧弱だ。シートは小ぶりだし、ヒール段差(座面と床面の距離)が小さいため、膝を立てた体育座りの傾向がある。とはいえ、一時間程度なら大人が乗り込んでも不平不満は出ない程度の作りとスペースは確保しているから、都内からディズニーランドぐらいの使い方なら、乗せるほうも乗せられるほうも幸せになれる。 ただし3列目使用時のラゲッジスペースは145Lしかないから、フル乗車でキャンプや泊まりがけのドライブに行くのは非現実的だ。荷物のことを考えれば、サードシートを収納してラゲッジスペースに充てる必要がある。 サードシート収納時のラゲッジ容量は560L(アクティブツアラーは468L)。セカンドシートまで畳んだ際の容量も、アクティブツアラー(1510L)を上回る1820Lを確保した。 さらに、助手席を倒せば最長2.6mの長尺ものを収納することも可能だ。サードシートは近距離用と割り切り、普段はステーションワゴンを凌ぐ優れたユーティリティーを備えた5人乗りとして使うのが、グランツアラーとの正しい付き合い方である。 車内は紛れもないBMWワールドさすがにMTの設定はないものの、他のBMW同様、グランツアラーのバリエーションは豊富だ。エンジンはすべてターボで、1.5L 3気筒ガソリンと2L 4気筒ガソリンに加え、最新の2L 4気筒ディーゼルの合計3種類を用意。装備レベルもノーマル、Mスポーツ、ラグジュアリーの3種類からチョイスできる。価格は358万円~452万円。アクティブツアラーは332万円~。この程度の価格差だと、どうせなら3列シートにしておこうと考える人はきっと多いと思う。 一番人気はディーゼルで、受注の8割を占める。100%減税に加え、1.5L直3ターボ+21万円という戦略的な価格設定、経済性の高さ、クリーンディーゼルへの日本ユーザーの理解が進んできたことが、驚くほどのディーゼル人気の理由だろう。 ドライバーズシートに収まる。ポジションはアップライト気味だが、それほど極端なレベルではなく、ステアリングの角度や視界感覚を含め、ミニバンに乗っていることを強烈に意識させられることはない。傾斜を付けることで必要以上のボリウム感をなくしたダッシュボードも気に入った。 そして何より、ドアトリム、ルーフライニング、ステアリングホイールといった大物パーツから細かいスイッチひとつに至るまで、目に入るパーツ、手に触れるパーツがすべてプレミアムカーらしい仕上げになっているのが嬉しい。外観はちょっとズングリしているけれど、車内に入れば、そこには紛れもないBMWワールドが展開されている。さあ、いよいよ走り出そう。試乗したのは人気のディーゼルモデルだ。 ディーゼルの静粛性は優秀ディーゼルというと不快なガラガラ音を思い浮かべる人もまだ多いと思う。たしかに、アイドリング時に耳を澄ませば遠くの方からわずかにディーゼル音が聞こえてくる。といっても音量は小さめだし、ガラガラというよりはカラカラという音に近い。ガソリンエンジンとは違う音だが、不快かといえば決してそんなことはない。ディーゼル音が目立ちやすい発進直後を含め、この最新4気筒ディーゼルの静粛性は相当に優秀だ。 このエンジンの最大の魅力は低中速域の太いトルクにある。3.3L自然吸気エンジン並みの330Nmというトルクをわずか1750rpmから発生するといえば、だいたいのイメージをつかめるはずだ。アクセルをわずかに踏み込むだけで豊かなトルクが車体を軽々と押し出し、8速ATはリズミカルにシフトアップしていく。 一定速度での巡航から加速する際も、速度の伸びは右足の動きに完璧にリンクする。踏み込んでから速度が上がるのを待つとか、回転数がポーンと跳ね上がって唸りながら加速するとか、そういう余裕のなさとはまったく無縁。どんなシーンでも力強くて気持ちのいい走りを満喫できる。レッドラインこそ5400rpmと低めだが、そこまで一気に回りきる吹け上がりのよさも、ディーゼルとはいえBMWエンジンらしさを感じる部分だ。 BMWのエンブレムに相応しい走りしかし、エンジンと同じか、それ以上にBMWらしさを感じたのがフットワークだ。FFでありながら、FRのBMWを思わせる滑らかで緻密なステアリングフィールは素晴らしい! のひと言。加速時にもハンドルがとられることはないし、掌に神経を集中しても、駆動系やエンジンから伝わってくる「雑味」が一切感じられないのだ。 BMWもついにFFに手を出したか…という批判をする人もいるけれど、そういう人にこそ一度実際に乗ってステアリングを握ってみて欲しいと思う。頼もしい高速直進安定性や、ワインディングロードでの優れたライントレース性、路面に張り付くような濃密な接地感を含め、グランツアラーにはBMWのエンブレムを付けるに相応しい走りが備わっている。ここまで気持ちよく走れるなら、BMWのブランドイメージを貶める心配はない。 残された課題は……ただし、僕が懸念しているのは外観だ。前半分はアクティブツアラーと同じだが、ルーフを高く、なおかつルーフラインをより直線的にしたため、スタイリッシュとは言いがたいデザインになってしまった。ディテールではBMWらしさをちゃんと表現しているけれど、フォルムからは「スポーティーで都会的なプレミアムブランド」というBMWらしさが伝わってこない。 もちろん、これは3列目の居住性を重視した結果だが、たとえばホンダ・ジェイドは徹底した低床プラットフォーム設計によって、スポーティーなフォルムと実用的な3列目を両立している。グランツアラーのサードシートは、全長が大幅に短いトヨタ・シエンタやホンダ・フリードと大差ないのが実情だ。このあたりには、ミニバン作りの経験の浅さが出ているのかもしれない。 走りはバッチリ。インテリアも見事。残された課題は、BMWらしいルックスと3列シートを両立する一皮むけたパッケージング技術と言えそうだ。 スペック例【 218d グランツアラー Mスポーツ 】 |
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