予想を大きく上回る人気のワケホンダS660の受注状況は、依然としてメーカーの予想を大きく上回る絶好調が続いているらしい。GW前の情報で、3期分のオーダーまで埋まる7800台以上を受注、今から発注すると年内納車は厳しい状況だという。それに対応するべくホンダは、四日市の八千代工業での生産を1日40台の計画から増やすべく、増産体制を進めているところらしい。 20代のプロジェクトリーダーが発案し、それをベテランを含む開発チームが完成させたというバックグラウンドも、S660の話題性を盛り上げる要素になったのはたしかだが、それにも増してクルマとしての出来がいい、すなわち小型スポーツカーとして魅力的に仕上がっているという事実が、その人気の根幹であるのは間違いない。 そういった印象を僕らジャーナリストや編集者に植え付けたのが、九州と東京近郊のサーキットで3月に開かれたプレス試乗会だった。軽規格のスポーツカーということから想像すると意外なほどに、S660はサーキットで素晴らしい走りを見せた。正確に表現すれば、ミドエンジン配置がもたらすフットワークと、その限界特性が素晴らしかったのである。 スポーツカーらしいドラポジとなると当然、サーキットではなく公道を走るとどうなのか、ということが知りたくなる。そういった僕らの思いに応えるかのように、ホンダは4月に四国の高知で、S660の公道試乗会を開いた。さらにその後、僕は撮影を兼ねて都内の青山とその周辺でもS660を走らせることができた。で、その結果を書いたのが、このリポートである。 そこで、高知での印象について書く前にまずドライビングポジションについて触れてみると、S660はそこの煮詰めがなかなかいい。軽サイズだから幅の余裕はないが、前後方向は充分にあり、しかもスポーツカーらしい低い着座位置を得られるのが好ましい。それでいて、広いウインドシールドをとおしての前方視界にも問題はない。 しかもS660、シートの前後スライドノッチや、リクライニングアジャスターのノッチがキメの細かい設定だから、自分好みのドライビングポジションを設定し易い。ステアリングの調整はチルトのみ可能で、残念ながらテレスコピックは備わっていないが、バックレストの角度をキメ細かく調整できるため、自分好みの運転姿勢が問題なく手に入った。 軽快な身のこなしに気分も高揚さて、試乗日の高知は若干の雲あれど絶好のオープン日和で、もちろんトップを外した状態で市内のホテルを出発した。向かった先は、高知の南西に位置するリアス式海岸の高みを走る横浪スカイライン。試乗コースとしてタイトなコーナーとアップダウンが連続するこのワインディングロードを選んだのが、広報部ではなく開発陣だったというのが興味深い。 ここでは、6段MTと7段マニュアルモードつきCVTの両方のモデルに乗ったが、まずはハンドリングの話をしよう。袖ヶ浦フォレストレースウェイでは、コーナーを攻めた際の限界域における挙動の素直さ、コントロール性の高さに大いに感銘を受けたが、横浪スカイラインではそれ以前に、まずその軽快な身のこなしが印象に残った。 車重はMTで830kg、CVTで850kgだから、ボディサイズからいうと数値的には決して軽い方とはいえない。時代が違うので直接の比較をするつもりはないが、例えばかつてのホンダS800の車重は710~755kgだった。しかしそれにもかかわらずS660の挙動はS800のそれより明らかに身軽で、ステアリング操作に対するレスポンスも素早い。 身軽に感じる理由とは?その理由は主にふたつあると考えられる。ひとつはミドエンジンというパワーユニット配置によるもので、S660の前後重量配分は45:55と、さほどテールヘヴィではないがフロントの軽い、好ましい数字を示している。しかもミドエンジンゆえに重量物の多くはホイールベース内に収まっているから、ノーズの動きは自然と軽くなる。一方、フロントエンジンのS800は、最後期のMタイプの一例で53.3:46.7と、フロントヘヴィの傾向にある。 S660の挙動が軽快な理由のふたつ目は、パワーステアリングにある。小型のミドエンジンといえども現代のクルマ、S660は電動パワーステアリングを備えている。しかもその操舵力が比較的軽めの設定であることも、レスポンスの軽快さに寄与しているといえる。それにこのパワーステアリング、軽めだけれど路面フィールをちゃんと伝えてくるのが好ましい。 というわけで、横浪スカイラインに躍り出たS660は、スロットルを閉じつつステアリングを切り込むと、ノーズが、というよりクルマ全体がスイッという感じで身軽にコーナーに飛び込んでいく。この、車重を意識させない身の軽さが、スポーツカーとしてのS660の大きな魅力なのは間違いない。 あのピュアスポーツを連想したもちろんS660、そこからの身のこなしも素性のよさを感じさせる。脚はさほど硬くないから適度にロールしつつコーナリング体勢に入り、ノーズがコーナーの頂点をかすめたところでスロットルを踏み込むと、外側後輪に荷重がのった感じをドライバーの腰に感じさせながら、そこをスムーズに、しかも限られたパワーを使い切りながら脱出していく。 その際、そこがタイトベンドであってもアンダーステアが無用に強まることがなく、ほとんどニュートラルな感じでコーナーを抜けていくのが好ましいが、そこには必要に応じてコーナー内輪にブレーキを掛ける、「アジャイルハンドリングアシスト」と称される電子制御システムも効果を発揮しているはずだ。その介入がいかにもという印象ではなく、ごく自然な感じでコントロールされているところも好ましい。 とはいえ、タイトコーナーから脱出する際に深くスロットルを踏み込むと、メーター内にオレンジ色のインジケーターが点滅し、トラクションコントロールが介入していることを示す。けれども、それによって姿勢が乱れることはなく、マルチリンクに支えられた16インチの後輪が確実に路面を捉えて、そこを立ち上がっていく。4輪にディスクを奢ったブレーキはコントロール性も良好で、ワインディングロードでも頼れる存在であり続けた。 専用シャシーのミドシップに量産車ベースのエンジンを収めた小型スポーツカーという共通項を持つためか、S660はどこかロータス・エリーゼを彷彿とさせるクルマに思えた。 サーキットでは感じられなかった弱点もつまりS660は、公道のワインディングにおいてもコーナリングの愉しいクルマであることを実感させてくれたわけだが、しかし横浪スカイラインでは、サーキットでは感じられなかった弱点も披露することになった。このスカイライン、ところによって路面がけっこう荒れているのだが、そういう場所にスピードを乗せたまま飛び込むと、サーキットではビクともしなかったボディが、若干左右にシェイクするのを感じたのだ。 あとはそう、これは弱点というわけではないけれど、658cc・3気筒ターボエンジンの回転感と音が、もう少し官能的であって欲しい、とは思った。CVT仕様で7000rpm、MTでは7700rpmまで回るエンジンの実力に特に不満は感じなかったけれど、スポーツカーである以上、感覚面におけるアピールがもう少し明確に欲しいと思ったのである。 トランスミッションに関していえば、CVTもパドルを駆使してマニュアルシフトすればそれなりにスポーティに走ることができるし、動力性能にも不満は感じなかった。けれども、こういう小排気量エンジンの場合、やっぱり3ペダルのマニュアルで走る方が意のままに操る感が明確に得られて気持ちいい、と思った。MT仕様はCVTよりレブリミットが高くなるのも、それをバックアップしている。 「都会の足」としての適性は?さて後日、舞台を東京のホンダ本社から近い外苑前周辺に移動。豪華版「α」のMT仕様、イエローのS660のコクピットに収まって、「都会の足」としての適性を試してみた。 そこで普通に走り出すと、発進時のクラッチミートの瞬間に、下のトルクがちょっと細いように感じられることがあるが、実際はスロットルを軽く踏んで回転が2000rpmまで上げれば、スムーズなスタートが可能だ。クラッチペダルは軽く、シフトレバーの作動も軽くて節度があるから、このMTなら足に使っても不満を感じることはないはずだ。 64psと10.6kgmを発生する658cc・3気筒ターボエンジンと6段MTによるパフォーマンスは、スピーディな都会の足に使うのに充分なレベルにあるといえる。ちょっと深めにスロットルを踏み込めば、信号からの発進はもちろんのこと、試しに乗ってみた首都高でも、軽々と流れをリードできる爽快な加速を振舞ってくれる。 ただしこのエンジン、かつてのS600やS800のような官能的な息吹があるかというと、それはノーだ。当時、F1エンジンのミニチュアと評されたレーシーな60年代のホンダツインカムと違って、S660のミドシップに収まっているのは基本、N系と同じユニットだからだ。サウンドチューンの努力は認めるものの、もう一歩攻め込んで欲しい、と思った。 200万円強は決して高くないそれはともかく、サーキットやワインディングで堪能した身のこなしの軽さは、街中でもS660の大きな魅力だった。たとえそこが街角の交差点でも、ステアリングを切り込むと軽快に身をひるがえしていくから、市街地でもスポーツカーらしさを味わえる。 サスペンションは適度にソフトだから、市街地でも乗り心地は良好で、問題なく普段の足に使える。ただし、ダンパーを初期の作動がもっとしなやかなものに替えたりすれば、さらに上質な乗り味を得られるだろうとは思うが。ボディ剛性は通常はまったく充分だが、横浪スカイラインで経験したごとく、首都高の鋭い舗装の継ぎ目などを走破すると、軽いシェイクを見舞ってくることがある。 一方、試乗の最後にロールトップと呼ばれるキャンバス製のルーフを取り付けて走ってみた。そうしたら、コクピットのなかはまるでクーペに乗っているかのように静かになって、驚いた。日常的な足としても使うことを想定するなら、こういう二面性は嬉しい。 軽自動車なのにモデルによっては200万円オーバーというプライスに抵抗を感じる向きもあろうが、S660の場合、たまたま軽の枠に収まっているクルマだと考えればいいのではないか。専用設計のシャシーを持つスポーツカーとして200万円強は決して高くない。 S660が軽自動車でありながらエンスージアストを魅了する理由、それは小さいながらスポーツカーとしてピュアに仕立てられているからだ、と僕は感じた。 主要スペック【 S660 α 】 |
GMT+9, 2025-4-30 20:33 , Processed in 0.138624 second(s), 18 queries .
Powered by Discuz! X3.5
© 2001-2025 BiteMe.jp .