商品企画コンペから生まれた「S660」本田技術研究所50周年の商品企画コンペで、当時、20代半ばの若手社員(モデラー)だった椋本陵さんが提案したのがホンダS660の原型だという。椋本さんの企画は見事採用され、そのまま開発責任者に任命された。20代の開発責任者……ちょっと聞いたことがない。会って話してみると、今っぽい、でも普通のメガネの青年だった。青年、いいクルマつくったね! 話題のモデルなのでいろいろな情報がすでに出回っており、関心のある人は先刻ご承知かもしれないが、おさらいも兼ねて正式なスペックを紹介したい。S660は軽自動車枠に収まるミッドシップの2シーターオープンスポーツだ。スチール製のモノコックボディで、パワートレーンはアルミ製のサブフレームに載っている。Nシリーズでおなじみの直3DOHCターボエンジンを乗員の背後に横置きし、6速MTかCVTを介して後輪を駆動する。 サスペンションは前後ともストラット式の独立懸架。軽自動車としては異例の4輪ディスクブレーキが採用され、タイヤはフロント165/55R15、リア195/45R16の前後異径サイズで、触るとベトベトしそうなほどにスポーティーなアドバン・ネオバが装着されていた。 ビートを意識したわけではないデザインされたロールバーが固定されるタイプのオープンで、ソフトトップは外した時にはくるくる巻いてフロントのユーティリティーボックスに収納することができる。ちなみに、それを収納するとボックスはもういっぱい。昔のビートと違ってリアにトランクはない。このクルマに旅行カバンが入るようなスペースはどこにもない。 かつてのビートをそこはかとなく想起させるスタイリングをしているが、車名を受け継がなかったことからもわかるように、特に意識したわけではないようだ。全長3400mm、全幅1480mmという軽自動車の枠の中で、ミッドシップオープンの理想を追求するとこうなるということだろう。 Aピラーとロールバーをブラックアウトしたり、タイヤを四隅に張り出させるなどの努力を積み重ね、少しでもロー&ワイドに見せる努力をしている。このクルマを最高にクールに見せているのは細長いドアミラーだと思う。法規上いろいろ難しいことがあるとは聞くが、それにしてもこれまで何台のクルマがダサいドアミラーのせいで台無しになってしまったか……。 スター・ウォーズ的なディテール切れ長のヘッドランプが特徴的だがシンプルなフロントに対し、リアはLEDを多用したリアコンビランプ&ガーニッシュや三角形のセンター出しマフラーエンドなど、スター・ウォーズ的なディテールが見て取れる。 左右の乗員背後に往年のフィアット・アバルト750ザガートのような盛り上がりがあるが、これは空力的処理のためではなく、中にギリギリいっぱいインタークーラーなどの補機類が入っているからだという。 センターが凹んでいるのはデザインのためではなく後方視界を確保するため。凹んだ部分のリアウィンドウは開閉できる。よく見ると、ロールバーのBピラーに相当する部分に縦長の空気取り入れ口があって、地味にエンジンルームに風を送り込んでいる。 自分を中心にクルマが旋回していく感覚いい加減に試乗リポートへ移ろう。最初にCVTに乗る。運転席に腰を下ろす。着座位置が低く、気分が盛り上がる。当然車内はタイトだが、シートはサイズ十分、ホールド性も文句なし。スポーツカーだからって腰や腿のサポートがやたらと張り出していないのが好ましい。 ホンダの歴代市販車にあって最小径だというステアリングホイールは若干のDシェイプ。グリップは太め。ペダルレイアウトは自然だ。シフトノブもきちんとステアリングから左手を離した位置にある。 走り始めると、重厚ではないが、十分にスポーティーな気分にさせてくれるエンジン音、排気音が背後から聞こえてくる。 テクニカルなミニサーキットのコーナーをいくつか駆け抜けてみる。ドライバーはホイールベースのちょうど真ん中あたりの低い位置にいて、重量物もホイールベースの中に収まっているので、自分を中心にクルマが旋回していく感覚を味わうことができる。 テクロノジーと割り切りによる痛快な旋回性能レイアウトだけでかなりの旋回性能を獲得しているはずだが、コーナリング中に内輪にのみブレーキをかけるAHA(アジャイル・ハンドリング・アシスト)が装着されていて、旋回性能にダメを押す。 また、トレッドが限られているにもかかわらず、重心もロールセンターも低い位置に設定しているため、体感的なロールは非常に少ない。足をかためてロールを抑えているわけではないので乗り心地も快適だ。 快適だが重く複雑なリトラクタブル・ハードトップや収納スペースなどを潔く諦め、運動性能最優先のレイアウトとしたからこそ得られる挙動だろう。 まさしく“痛快ハンドリングマシーン”ペースを上げてみる。ボディはみしりともいわないし、一切ねじれている感覚もない。なんでもセンタートンネルの上部を閉断面化したり、一部がボディ外板として使われるサイドシルの形状を工夫したりすることで、ねじり剛性や曲げ剛性を向上したのだとか。ねじり剛性にいたっては、ボディ剛性の権化みたいだったあの「S2000」よりも優れているという。 ステアリングを切ると、外側のサスペンションが沈むと同時に自分を中心にヨーが発生し始めるという印象だ。右に左にとコーナーが連続しても怖さを感じない。例えるなら、乗り心地がよいレーシングカートのよう。開発陣は“痛快ハンドリングマシーン”を目指したというが、名乗ってよし! サウンド効果で“やってる気”にさせるエンジンについては、より印象の良かった6速MTと合わせて報告したい。エンジンはNシリーズと同じだが、小型軽量かつレスポンス重視のターボチャージャーが組み合わせられている。 CVTが7000rpmをリミットとするのに対し、MTは700rpmプラスの7700rpmまで許容する。クロスレシオのギアをリミットギリギリまで回して2、3、4とギアアップしていくのは爽快。 高回転域では、排気音にターボが発する「ヒューン」という音が交じり、ドライバーは相当“やってる気”になる。通常はノイズとして抑えるアクセルオフ時の「パシュッ」という音を逆に強調し、スポーツドライビングを演出。ショートストロークのギアレバーは操作しやすい。 ただし、絶対的なスピードは穏やかだ。S660の最高出力は他の軽自動車同様、64psにとどまる。もちろんこのままでも魅力的で、満足感を得られると思う。 しかし、とにかく効率重視、モジュール全盛のクルマづくりが当たり前のこのご時世に、わざわざプラットフォームを専用開発してスポーツカーをつくるのなら、パワーにおいてもほとばしる情熱をぶつけてほしかった。ここまでしっかり作りこまれていれば、現状の仕様のままでもさらなるハイパワーを受け止めることができるに違いない。 カリカリの90psでお願いしたい少しだけ冷静さを欠くことをお許しいただきたい。そもそもなんだよ、64psの自主規制って!? S660でもいいしアルト・ターボRSでもいいから、早くそんなもんぶち破れ! スズキの軽自動車用エンジンを積んだケータハムはあっさり破ったじゃないか! ホンダが今、お上から目をつけられるような行動をとるわけにいかないタイミングだという判断はもちろん理解できるけれど、64psを堅持したところで、ここのところのリコールやタカタ絡みの問題がなかったことになるわけじゃない。 ここはひとつカリカリの90psでお願いしたい。エコカー減税なんて求めないからカリカリの90psでお願いしたい。燃費が3分の2になっても文句言わないからカリカリの90psでお願いしたい。 冷静さを取り戻して書くと、公道で乗れば64psの意味合いもまた変わってくるかもしれない。とにかくS660は本格的だった。聞いたけどまだ書けない価格もなかなか本格的だ。だが走らせた後では、決して高いとは思わない。 |
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