「草原に咲いた1本の花」世界初の量産型燃料電池車ミライ。燃料電池の仕組み、メリット、デメリット、それを搭載したクルマの意義、乗った印象、EVとの競合、今後の展望……。どこかから書き始めたらいいのか迷うほど、ミライには書きたいこと、書くべきことが山ほど詰まっている。 そんななか、僕は開発責任者である田中義和チーフエンジニアのこの言葉からミライのレポートを始めたい。「岡崎さん、ミライはね、草原に咲いたたった1本の花なんですよ。そこに蜜蜂がやってきて、蜜を吸い、花粉を運び、やがて多くの花が咲く。ミライには、そんな存在になって欲しいと願っています」 卵が先か、鶏が先か燃料電池は水素(H)と酸素(O2)を使って発電するシステムだ。発電段階で発生するのは水(H2O)だけ。燃料電池という呼び名から電池(バッテリー)の一種だと思われがちだが、それはちょっと違っていて、実情は水素と酸素を使った「発電装置」である。初の実用化は1965年のジェミニ5号。それ以降、映画化されたアポロ13号やスペースシャトルでも、電源と飲料水用に燃料電池が使われた。 宇宙船では水素と酸素の両方を持っていくことが必要だが、空気中に含まれる酸素を使える地上なら、水素さえ確保できれば発電できることになる。そこで気になるのは、(1)水素を作り、運搬し、貯蔵し、供給するインフラをどう整えるのか? (2)水素や燃料電池のコストを含め、経済原理に乗せられるのか? (3)水素の生成や供給時に消費されるエネルギー(二酸化炭素の排出)は? といった問題だ。 事実、燃料電池車普及に対する懐疑的な意見は概ね上記の3点に集約される。たしかにその通り。後ほど触れるが、どれも理にかなっているし、やすやすと越えられるハードルじゃない。しかし、だからといって誰も取り組まなかったら何も始まらないのも事実。簡単な話、この世に燃料電池車が1台も走っていなければ水素ステーションを作る企業なんて出てくるはずがないのだ。 最初の一歩を踏み出した草原に咲く1本の花。田中チーフエンジニアが伝えたかったのはそこだ。723万6000円という価格は現段階では経済原理に乗っているとは言えない。各地で建設が進む(年内76ヶ所)水素ステーションにしても、当初は利益度外視だ。 内燃機関の燃費が急速に向上してきているなか、トータルでの二酸化炭素排出量が圧倒的に少ないわけではない。テスラ・モデルSのような航続距離の長い(500km)電気自動車も登場している。 しかし、とにもかくにも、ミライの登場によって燃料電池車は最初の一歩を踏み出した。 では、ミライがもたらす未来とはいったいどんなものなのだろうか。 「充填」にかかる時間は3分ミライは水素を使って発電しながら走るクルマだ。水素で発電した電力はモーターの駆動に使われる。つまり、電気自動車のバッテリーが燃料電池に置き換わっただけと考えればいい。実際、ミライのドライブフィールは限りなく電気自動車に近い。ただ一点、電気自動車と決定的に異なるのが「充電」の代わりに「水素充填」をすることだ。 今回の試乗では港区にある岩谷産業の水素ステーションに立ち寄ったが、充填にかかった時間は3分足らず。たった3分で650km走行分の燃料が入るというのが、電気自動車に対する燃料電池車の最大のメリットだ。 高速道路のSAにある急速充電器は週末になると待ち時間が発生している。1台30分として2台で1時間待ち。自分が充電する時間を含めると1時間半待ちだ。それに対し、燃料電池車ならガソリン車と同じ感覚で燃料補給ができる。高速道路のSAにはまだ水素ステーションができていないが、それは今後に期待である。 ガソリン車と同じ使い勝手を実現だったら急速充電器を増やせばいいのでは? たしかにそうなれば電気自動車の充電待ちは減る。しかし今度は「ピーク電力」の問題が発生してしまう。CHAdeMO規格の急速充電器が使う電力は50キロワット。6台が同時に充電を始めたら、たった1時間で標準的な4人家族1ヶ月分の電力を消費してしまう。ただでさえギリギリの現在の日本の電力インフラで、何千、何万もの急速充電器が同時稼働したら大停電が起こりかねない。 電気自動車は電力消費量の少ない夜間に自宅で充電し、充電した範囲内で使うには理想的なソリューションだ。効率も高いし、なんといっても新たなインフラ整備をする必要がないのがいい。しかし、ガソリン車と同じような使い方をしようとした途端、電力供給や急速充電器といったインフラ整備問題が出てきてしまう。 その点、燃料電池車には、ガソリン車と同じ使い勝手を実現しつつ、走行段階での二酸化炭素排出量ゼロを実現するポテンシャルがある。しかしそれはミライが描く未来のごく一部に過ぎない。究極の目的は、脱化石燃料に向けた水素社会の実現だ。 持続可能なまったく新しいモビリティ水素は地球上に無尽蔵にある。というと、どこを掘れば出てくるのだろう?と思う人もいるかもしれないが、水素は埋蔵されているわけではなく、水の電気分解や、化石燃料を改質して生成する人工的なエネルギーだ。 手っ取り早いのは改質だが、それでは脱化石燃料にはならない。しかし、風力や太陽光から得た電気を使って水を電気分解して水素を作れば、それは再生可能エネルギーになる。現在の技術では電気を大量には貯蔵することはできないが、水素に変換すれば貯蔵し、必要なときに必要な量を供給できる。 その他、火力発電に使うと二酸化炭素を大量に排出する褐炭から水素を取り出し、二酸化炭素を固形化する技術や、下水汚泥から発生するメタンから水素を生成する技術も確立されつつある。空は飛べないけれど、バック・トゥ・ザ・フューチャーの「ゴミで走るデロリアン」のような世界がまさに現実のものになりつつあるのだ。 そう、ミライという草原に咲く1本の花の蜜を吸うために、さまざまな人や企業がさまざまな取り組みを始めている。そしてその先にあるのは、ガソリン車と同じ使い勝手を持ちながらも、化石燃料に頼らない、クリーンで持続可能なまったく新しいモビリティなのである。 ミライ・主要スペック全長×全幅×全高=4890mm×1815mm×1535mm |
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