トヨタが新溶接技術「SFA」をS耐鈴鹿で公開9月28日から29日にかけて三重県の鈴鹿サーキットで行われた「ENEOS スーパー耐久シリーズ 2024 Empowered by BRIDGESTONE 第5戦 SUZUKA S耐(以下、S耐鈴鹿)」の会場にて、トヨタはアーク溶接に関する新技術「SFA」を公開した。 SFAとは「Sequence Freezing Arc-welding」の頭文字で、大雑把に訳せば「連続的に凝結させたアーク溶接」と言ったところだろうか。 開発の発端はやはりモータースポーツの現場だ。トヨタは全日本ラリーや世界ラリー選手権(WRC)の「Rally2カテゴリー」など、世界中のカスタマーに「GRヤリス」をラリーのベースマシンとして供給している。閉鎖された一般道を猛スピードで疾走するラリーは、競技の特性上クラッシュ=即廃車となることが多く、世界中で「競技向けGRヤリス」の供給が追いつかない状態になっているそうだ。 供給のボトルネックとなっているのが、レギュレーションで厳格に規定されている「ロールケージ」。車内にジャングルジムのように組み上げられた鉄パイプで、乗員の安全を担保するための重要なパーツだが、職人が1台1台手組みで溶接を行っているため、一般的に1台を完成させるのに1ヶ月程度時間が掛かっていた。そのため、ラリーでクラッシュ(廃車)してしまうと、次の大会までクルマが間に合わないという事態が発生しているという。 「(クラッシュして)次のレースに参加できないっていうレーシングチームやエントラントの方がたくさんいらっしゃった。モータースポーツをもっとサスティナブルに、(競技に)参加しやすい環境を作るためにメーカーとして何ができるかを考えたときに、ロールケージ付きのホワイトボディをいかに早く供給できるかが開発のスタートだった」 開発を担当したGAZOO Racing Company GR車両開発部 GRZ ZR1 主査の川喜田篤史氏は話す。 ◎あわせて読みたい: 1ヶ月かかっていた工期がわずか3日に驚くべきは完成までの時間だ。「GRヤリス Rally2」を製造するTOYOTA GAZOO Racing(TGR)のフィンランドの拠点(TGR-WRT)でも3ヶ月程度かかっていた作業が、SFAを使うとなんと3日でできるようになるのが見えているという。 トヨタは今回、安川電機と共同で、熟練工の作業を観察し数値化することで見えてきたノウハウを溶接ロボットに教え込み、条件や電流の流し方を工夫し半オートメーション化させることで工期を短縮させた。 「トヨタは60秒に1台クルマを生産している。今回、競技車両ということで“タクトタイム”という概念を取り払い、熟練工の皆さんがやっている以上に、ロボットがゆっくり丁寧に溶接するともっと良いものができるのではないか、というのが最初のコンセプト(川喜田氏)」 その溶接スピードは従来のおよそ1/10。1台でも多く作らなければならない市販車の生産とは真逆のゆっくりとしたスピードである。なぜゆっくり溶接するかと言うと“歪まない溶接”を行うため。従来は1本1本職人がパイプの歪みを矯正しながら微調整して溶接していたのだが、ロボットでは現物合わせの細かい微調整ができない。 「熱の入れ方を職人よりもゆっくりすることで歪みを抑制するというのが、今回の新しい技術(川喜田氏)」 その結果GRヤリスでは、ロールケージを3つモジュール(写真のデモ機では緑・オレンジ・黄色で色分け)として予め車外で製造(溶接)し、最後に車内で組み合わせることで工期を大幅に短縮できたそうだ。 「ボディが少しばらつきを持っていて、レーシングカーに最適な溶接位置があるので、最後の合わせはやっぱり人になる(川喜田氏)」 匠の技とロボットがハイブリッドした新しい溶接手法であり、その溶接痕は目がそろっていて非常に美しい模様を描いていた。 ◎あわせて読みたい: 今後のGRモデルにSFAが生きることの発端はラリーマシンの安定供給、もっと言うとレースをサスティナブルにするのが目的だが、SFAが思わぬ副産物をもたらした。従来と比べ溶接の強度アップ(10~25%)と軽量化(ビード部分で約25%)を同時に実現したという。 川喜田氏によると、レースの世界では「〇〇さんの制作したボディじゃないとダメ」という話があるくらい職人の技によってボディ強度に差があり、それがレースでの競争力に繋がってくるそうだ。 今回のS耐鈴鹿では#32号車「ORC ROOKIE GR Yaris DAT concept」にSFAによる新造ボディを投入しており、モリゾウこと豊田章男会長らプロの手により実戦で評価が行われている。 ボディにはロールケージのほかにも様々な箇所にSFAによるアーク溶接が打ち込まれており「前のクルマとは全く違うと言っていいほどボディ剛性が格段に違う(GAZOO Racing Company 高橋智也プレジデント)」そうだ。その変化は凄まじく、今回のレースでは足回りのセッティングを詰めきれないほど大きいという。 またSFAを使うと、スポット溶接のようなショット溶接が可能となり、2~3mmの隙間があっても溶接ができるなど新たな可能性も見つかったといい、そのほかブリッジ溶接やエッジ溶接などの応用も可能だという。 「副産物として色々なところに応用ができるというのが順々に見えてきた。金属接合の新しいやり方ができたと思っている(川喜田氏)」 1/10のスピードながら、数点打つだけでも大きな効果があるスポット溶接だけに「市販車にも十分生かせる技術だと思っている(高橋プレジデント)」という。次期GRヤリス(や他のGRモデル)のボディは、SFAを使い数段剛性がアップした全く新しいボディになるかもしれない。 川喜田氏は「(副産物は)完全にラッキーパンチ」と謙遜したが、今回の新しい工法はレース現場での地道なカイゼンが会社の力の源泉となっている事例だ。恐らくトヨタには、まだ世に出ていない新技術の芽が至る所にあるのだろう。 また今回別で、レースの現場における若手の人材育成の話もあった。本稿では詳細を割愛するが、トヨタはレースの現場で、会社経営の3要素であるヒト・モノ・カネのうち、ヒトとモノを鍛えているのである。 レースを豊田氏の道楽と揶揄する人間もいまだにいるようだが、レースを単なるマーケティングだけでなく会社経営にまで活かすメソッドを確立したことこそ、日本の上場企業として初の5兆円という利益を上げるトヨタの力の一端なのかもしれない。 (終わり) ◎あわせて読みたい: |
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