タイヤの燃費性能を高めるとウェット性能が低下する自動車メーカーの運動性能担当エンジニアを悩ませているのが、“燃費規制”と“通過騒音規制”だ。これらは自動車だけではクリアできず、結果としてタイヤメーカーにも厳しい性能要求が突きつけられている。特に欧州の温暖化防止規制は強烈。自動車部門も非常に厳しいCO2規制(=燃費規制と考えてもいい)が2020年に待ち受ける。車体の空気抵抗や軽量化、パワートレーンのEV化だけでは到底追いつかない。こうして、自動車メーカーはタイヤメーカーに転がり抵抗の小さいタイヤを要求することになってきた。 クルマには走行抵抗が生じるが、タイヤの回転抵抗は馬鹿にならない。坂道などをニュートラルで進むと、転がり抵抗が小さいエコタイヤと、ハイグリップタイヤでは、惰性で転がる距離が異なってくる。止まっているクルマを押してみても分かるかもしれない。 つまり、転がり抵抗を減らすことで燃費を改善できるわけだ。あくまでも一般論だが、単体で転がり抵抗が約30%小さいタイヤなら、クルマに装着すれば燃費を約3~5%改善できる。数%もタイヤで燃費を改善できるなら自動車メーカーは飛びつく、というのが今の状況なのだ。 だが、転がり抵抗を下げるとウェットのグリップ力が低下しやすいので、雨の日の安全性は低下してしまう。転がり抵抗とウェット性能は背反するのだ。例えば、私がDST(筆者が定期的に開催している市販車のダイナミック・セーフティ・テスト)で行なうウェット旋回制動テストでは、エコタイヤ装着車の場合、ざっくり言って10~20%制動距離が甘くなることが多い。 タイヤの静粛性能を高めてもウェット性能が低下する通過騒音規制にも似たようなことが言える。例えば高速道路を走ると、エンジン音だけでなく、車体の風切音やタイヤが転がるときに発生する音が大きいことに気付くはずだ。タイヤの騒音は主にタイヤに刻まれた溝の大きさで決まってくる。回転するとき、溝に空気が圧縮されて、気柱共鳴音というラッパのような騒音を発生する。実は溝がないレース用タイヤだと静かなのだ。 つまり、騒音を小さくするには、タイヤの溝を小さくしてしまえばいい。だが、そうなると排水性能が低下して、ウェット性能が下がる。燃費競争が過熱する中、ついに日本と欧州ではウェット性能が疎かにならないよう、基準を設ける動きも出てきた(※自動車に係わる安全や環境の基準について、国際的な相互承認を推進する世界フォーラム=WP29で議論が始まっている)。 また、自動車メーカーは似たような目的から軽量化とハイブリッド車のバッテリースペースの確保を狙ってスペアタイヤも廃止したがっている。このため、パンクしても一定の距離を走れるランフラットタイヤも増加中だが、構造的に硬くなるランフラットタイヤもウェット性能を低下させることが多い。 ドイツ車ですらウェット性能が怪しくなってきたこういった状況は欧州車でも変わらない。例えば、メルセデスやBMWは燃費性能の高いランフラットタイヤの開発に余念がないが、私がDSTでチェックした「メルセデス・ベンツ E220d」と「BMW 540i Mスポーツ」は、フロントが245/40R19、リアが275/35R19の「ミシュラン プライマシー 3(ランフラット)」で、サイズも銘柄も同じだった。 タイヤをチェックするとメルセデスとBMWの承認マークが刻印されていた。つまり、ライバル関係にあるメルセデス・ベンツとBMWにもかかわらず、純正装着用の低転がりタイヤを共通化したのである。厳しい燃費規制と通過騒音規制をクリアするために、ライバル関係であっても、手を握って乗り越えようということだろう。 この2つのモデルでハンドリングでテストしたところ、正直に言うとウェット性能はあまり褒められなかった。安全性に強いこだわりを持つはずのメルセデスとBMWだが、規制には勝てなかったのだろう。 一方、同じDSTで「トヨタ C-HR」(ハイブリッド)が履くミシュラン プライマシー 3をテストしたところ、ウェット性能は抜群に優れていた。ここから言えるのは、“タイヤの銘柄は同じでも、自動車メーカーが要求するスペックに合わせて純正装着(OEM)タイヤは作られるので、ウェット性能が大きく異なる場合がある”ということだ。これからの時代、ドイツ車といえどもタイヤには注意を払うべし、というのが今回の教訓だ。 |
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