RRの弱点を克服することこそ、911の歴史私はこれまで、様々な場で「ポルシェ 911」の魅力は「不条理な未完成」にあると語ってきた。すなわち、リアアクスルより後方にエンジンを搭載すると言う通常では考えられないレイアウトを採用しているからである。しかしアウグスト・アハライトナーをはじめとする開発チームは長年に渡って、この課題を克服しようと努力し続けている。この過程がまるで人間という不条理で未完成な存在がより良き自分を求めているように思われるのだ。 前述の開発担当アウグストによれば911の開発は7年から8年が必要だという。それは通常の開発要件(法的あるいは顧客要望など)に加えて、来るべきモータースポーツ・レギュレーションにも対応しなければならないからだと言う。今回のタイプ992、すなわち8世代目の911の開発は先代の991が発表された2011年頃からスタートしていたことになる。 プロジェクト・リーダーのアンドレアス・プレッブストレスによれば最新の911に要求されたのは、これまでと基本的には同じ「より高いスポーツ性能と、安全&快適性の向上」である。スポーツ性能の向上はほぼビス1本から開発された新しいフラットシックスが、安全性は追加されたカメラによるADAS(これだけでおよそ20kgの重量増加!)が、快適性は大きくなったキャビンと4cmワイドになったトレッドによる安定感がもたらしている。ワイドトレッドは同時にダイナミック性能の向上にも役立っている。 ほぼ新設計の3.0L水平対向ターボエンジン1月の試乗会がスペインのバレンシアで開催されたのは当然、雨が少なく温暖な天候のためだが同時に、近郊には「リカルド・トルモ」というサーキットが存在するからだ。スタンダードの「911 S」とはいえサーキットでのスポーツ走行は不可欠なのだ。というわけで試乗はサーキットからスタートする。14のコーナーからなるおよそ4kmのコースは本来二輪用である。 ルマン式スタートに由来する、ドライバーの左側に位置する伝統のスターターキーを回すと3.0Lボクサーエンジンは瞬時に目覚める。パワートレーン開発担当のマチアス・ホーフシュテッターによれば992のフラットシックスはほとんど新設計で、ターボはタービン側のブレード径が48mm、コンプレッション側は55mmと大型化され、同時にインテークおよびエグゾーストバルブには高低差が与えられ、高圧直噴インジェクターと共に渦流によって燃焼効率を高めている。 さらにエグゾーストマニフォールドは理想的な流体力学形状が与えられた鋳造で効率良く排気ガスを流す。その結果、エンジンのピックアップは鋭くなり、低回転域から十分なトルクが感じられる。試乗車は8速PDKを搭載した「カレラ S」で最高出力は450ps、最大トルクは530Nm。約55kgも重量増加したボディを0-100km/h=3.7秒、最高速度=308km/hまで引っ張る。燃費は100kmあたり8.9L(約11.2km/L)、二酸化炭素排出量は205g/kmと発表されている。 また欧州仕様にはガソリンPM(微粒子)フィルターが装備されているが、アメリカや日本向けは素通しだ。その結果欧州仕様に比べてわずかだがパワフルになるはずだが、マチアス・ホーフシュテッターによれば、ちょっとしたトリックがある。実は欧州仕様のターボの過給圧を100ミリバールほど上げてあるのだ。 加速性能もシフト性能もハンドリングも向上サーキットでの印象は開発者の狙い通りダイナミック性能の向上が顕著だ。スロットルペダルを深く踏み込めばストレートの高速域における追い越し加速も胸のすく思いで、250km/hは瞬く間、300km/h超えも数kmの助走路があれば間違いないだろう。 もちろん8速PDKによってシフトも一層スムーズになっている。実はこの8速ギアボックスは7速に比べると20kgも重いのだが、全長は逆に5cmほど短い。ポルシェは将来的にこのスペースに電気モーターを置いてハイブリッド化を狙っている。ただし電池の重量が嵩む「918スパイダー」のようなP-HEVにするつもりはなさそうだ。開発担当者は「ホンダ NSX」のシステムは悪くないと告白していた。また48V昇圧に関しても電動チャージャーやキャタライザー(排ガス浄化装置)の余熱など、様々な利点を模索中であるとの説明を受けた。 装着タイヤは前245/35ZR20、後305/30ZR21のミックスタイプで、トレッドの拡大によってコーナーでは一層安定しており、より素早くアペックスに到達、脱出することができた。それは同時に6%クイックになったステアリングのおかげでもある。もちろんパワーオーバーステアに持ち込むこともできるが、後輪は高いスピードでもグリップを失わず終始安定しており、あまり意味はない。 サーキットでのスポーツ走行後は一般道路で艤装関係のチェックとインプレッションに移る。リトラクタブルドアハンドルは賛否両論だが、私はやはり柔らかな曲面を手に感じるクラシックなドアハンドルの復活を望みたい。コックピットは初代911から993まで続いた水平基調のデザインが復活している一方で、大事なインターフェースであるドアハンドルだけ近未来化しているのは首尾一貫していないからだ。 またリアガラス下の縦グリルとハイマウントストップランプはグリルのバーが左右それぞれ9本、真ん中のブレーキランプは2本で「911」を示唆しているが、ここまでやる意味があるかどうかは疑問だ。それ以外はこのニュー911はどこから見てもいつもの911である。 操作系はやや煩雑。拡大したボディに気を使うしっかりとしたホールド感を持つドライバーズシートに腰を落とすと正面には8.5インチのTFTスクリーン、中央には10.9インチのタッチスクリーンがレイアウトされている。その下には中央にハザードスイッチなどが配置された5つのタンブラースイッチが並ぶが、はっきり言って即座に操作可能とは言い難い。 また、幅広のコンソール中央には8速PDKの小さなレバーが生えているが、これもその操作性に賛否が分かれそうだ。RNDのセレクトだけでPおよびM(マニュアル)はその後方のスイッチで操作する。シフトはもちろんステアリングパドルで操作できるが、その存在が中途半端な感じだ。 今回の試乗コース、スペインの田舎道はすれ違うのをためらうほど狭い区間が多く、ワイドになった911の取り回しにちょっと苦戦する。カタログ上ではわずか44mmとスマホの幅より小さい程度なのだが、991(現行型)のオーナーとしては気になった。逆にキャビンには余裕ができて、もはや「スポーツジャケットを着たような」という表現が似合わない。 最後にウエット・モードについて報告しておこう。前輪のホイールハウス内後方に置かれたアコースティックセンサーによってタイヤが巻き上げた水滴や雪、氷の粒などを検知して、スリップの可能性を予測し、メーター内にWETのウォーニングランプを点灯させる。 ドライバーがこの警告に従ってドライブモードスイッチをWETにセットすると、スロットルレスポンスが緩慢になり、トラクションコントロール(PTM)、スタビリティコントロール(PSM)が最適化、さらにスポイラーが最大のダウンフォースが得られる位置まで起き上がる。その結果ニュー911はウエット路面でも安全に走行することが可能になる。確かに特設のウエットコンディションコースでもこのシステムの効果が確認できたが、エントリー・モデルのボクスターやケイマンならともかく、スロットルワークがなんであるかを知る911ドライバーには必須とは言い難い。 ニュー911は日本でもすでに受注が始まっており、その価格はカレラSが1666万円、4Sが1772万円、さらにカブリオレはSが1891万円、4Sが1997万円となっている。デリバリーも夏までには始まるはずである。 最後に、911オーナーの間では「最良の911は最新の911」と言われているが、これまで何度か911を乗り継いだ私に言わせて貰えば「次の911が最良の911」と言い換えたいと思う。つまり911の進化は止まるところを知らないのだ。それは開発担当がアウグスト・アハライトナーからフランク・ヴァリザーにバトンタッチしても変わることのない「ネバーエンディングストーリー」なのである。 スペック【 911 カレラ S 】 |
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