創立110年を祝うブガッティにしかできないクルマ私のブガッティとの決定的な出会いは80年代に開館したばかりのシュルンプ公立自動車博物館だった。カーグラフィックで読み漁ったブガッティは全て紙の上の出来事となって消え去り、倒産したかつての紡織工場跡に並べられた目の前のフレンチブルーの大群は、時代を超えたインパクトを私に与えたのである。とりわけ美術品のような直列8気筒エンジンを搭載した「ロワイヤル(タイプ41)」は息を呑むような存在で、その体験を例えるならばルーブル博物館で初めてサモトラケのニケ像を見た時と同じ感動を得たのであった。 ところでブガッティの歴史を見ると、6台生産されたロワイヤル以上に希少価値の高いモデルが1台存在する。それが「アトランティック(タイプ57SC)」だ。エットーレ・ブガッティの息子、ジャンが製作したこのスポーツクーペはわずか4台が生産され、その内の黒いクルマ(La Voiture Noire=ラ・ヴォアチュール・ノアール)と呼ばれた1台は、戦災を避けるために南仏のボルドーへの列車輸送の途中で消えてしまった。 酔っ払いの自転車を避けるための交通事故で命を落としたジャンに代わって、父のエットーレが列車輸送の出荷品目票にサインをしていたのにも関わらず南仏の駅には到着しなかったのである。推測によれば、積荷の中身を知ったドイツ軍が格好のアルミ資源として分解、溶かしてしまったと言われる。 いずれにせよ、この悲劇のクルマにブガッティ社長ステファン・ヴィンケルマンが想いを寄せたことは間違いない。そしてブガッティ社の創立110年を記念して企画、製作されたのがこの「ラ・ヴォアチュール・ノアール(黒いクルマ)」である。彼はランボルギーニとアウディ・スポーツ社の社長を歴任した後にブガッティ社長に就任した。その時から「ブガッティにしかできない唯一無二の車」を目指していたのである。 時計で言えばトゥールビヨンのような完璧主義そして今回、このクルマのデザインを担当したデザイナーと製作中の工房を取材できる招待状が届いたのである。到着した場所に現れたジャーナリストはフランス、イギリス、ドイツそして私の4名だけ。恐れ多いが、私のブガッティ社との付き合いは長く、今から12年前、「ヴェイロン」が誕生した時にモルムスハイムでの試乗会に参加、その後、「グランスポーツ・ヴィテッセ」で初めて360km/h超えの体験をさせてもらうなどしている。おそらくこうした経緯で選ばれたのだろう。 さて、まずはチーフデザイナーのエティエンヌ・サロメからデザインの哲学が紹介された。フランス人の彼はなんとブガッティブルーのスーツを着用して現れ、その思いを強く語り始めた。何よりも彼の想像力をかき立てたのは、「わずか世界で1台のみ生産されるということ、そしてそれが悲運の歴史を持つ、世界で最も美しいと言われるスポーツクーペへのオマージュであるという2点でした」。 それはあくまでも美を追求するエティエンヌにとっては格好の題材でもあった。「私は今回、このクルマは特に“アート”であると思ってデザインしました」と思い切った発言でスタートする「しかし、車という道具ではないですか?」という私の問いに、「そうですね、工芸品と言っても良いかもしれません。「時計で言えばトゥールビヨン(姿勢差による重力加速度の影響を避ける装置)ですね」と答える。確かに機能と完璧さを求める機械という意味では正しい。 また彼は「ただし自動車にはホモロゲーションという壁があって、工芸品(アート)では押し通せない部分も多くなります。それでもこの車はワンオフですから、購入されたオーナーの国のレギュレーションに合わせるように、エンジニア達とベストなソリューションを考えています」と加えた。 車両価格は税抜き14億円ですでに売約済みラ・ヴォアチュール・ノアールのデザインエッセンスはミッドシップでありながら延長されたノーズがアトランティック(タイプ57SC)のもつロングノーズ&ショートデッキの伸びやかなシルエットを彷彿させる点や、キャビン後半を包む半円形のサイドパネル、車体中央を前後に走るクロームラインなどだ。これらは当然、アトランティックから引き継がれたアイコンである。 また新しい要素としては半透明のブラックコーティングされたカーボンボディ、無数のLEDからなるヘッドライト、そして透明のフィンに内蔵されているリアのLEDライトが未来的な雰囲気も醸し出している。そして極めつけは6本のマフラーカッターだ。 その心臓部は今や近代ブガッティのアイコンとなっている8.0L W16気筒クアッドターボエンジンで、最高出力は1500ps、最大トルクは1600Nmを発生する。 ダイナミックパフォーマンスに対する正式な発表はないが、おそらく先に発売されているシロンとほぼ同等と思われる。すなわち0-100km/hは2.4秒、200km/hまでは6.5秒、さらに400km/hまでは32.6秒で到達、420km/hでリミッターが介入する。 ジュネーブショーのプレスカンファレンスでは朝9時からのスタートにも関わらず、その30分以上も前からジャーナリストなどが集まり異例といえるほどの人数に膨れ上がっていた。 車両価格は1100万ユーロ(税抜き)、すなわち約14億円、ドイツの付加価値税(19%)を加えると1309万ユーロ、約16億5000万円、日本の消費税額だけで7000万円になる。 ところで、この記事を読んで、豊潤な可処分所得があって購入に興味がある方には残念なニュースだが、こうした天文学的な価格にも関わらずこの唯一無二のブガッティ ラ・ヴォアチュール・ノアールはすでに売約済みであることを報告しておこう。 ※3月8日、本文に一部誤りがありましたので修整しました |
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