約50年前にヒルクライムレースを制するために生まれた「909」ヒルクライムと呼ばれているモータースポーツだが、ドイツでは「ベルクレネン(マウントレース)」と呼ばれ、歴史も古く、とてもポピュラーで、陽気の良くなる4月頃から、秋の深まる10月頃まで各地でチャンピオンシップをかけたレースが頻繁に開催されている。ヒルクライムという英単語から来るイメージは何となくのどかな感じだが、全力で狭い峠道を駆け上がるこのタイム・トライアルは中々の迫力があり、同時に高いテクニックが要求される。さらに峠道(主に公道)さえあれば開催可能なので親しみ易くもあり、それが欧州で人気の高い秘密であったのだ。 特にポルシェはこのカテゴリーには積極的で1958年から1968年の10年間でヨーロッパ選手権のかかった全24レースの内、何と20勝もしているのであった。 1968年には専用レーサー「909ベルクスパイダー」を開発した。残念ながらこのモデルは当時のハイテックを惜しみなく投入した特殊なモデルであったが、短命で2回しか参戦せず、また2台しか生産されなかった。しかし代わって登場した「910」 (日本でもカレラ10という名前でおなじみの)によって1967年そして1968年とヨーロッパ選手権を獲得している。そして今回5月に開催されたガイズベルク・ヒストリック・ベルクレネンにポルシェはこの909のオマージュとして新しいコンセプト・モデル「981ベルクスパイダー」を公開したのである。 高価な銀やチタンを惜しげもなく使った909の車重はたったの375kg1960年代におけるモータースポーツのキーワードは「軽量化」であった。勝者はエンジンパワーでも、空力特性でもなく、重量が決め手となったのである。 1960年代のベルクレネンはモータースポーツの頂点であり、そのトップの座を目指してフェラーリ、BMWそしてポルシェが凌ぎを削っていた。そこへ登場したのが909ベルクスパイダーである。この技術の頂点に立つレーシングカー開発の指揮を執ったのは当時ポルシェの開発担当フェルディナンド・ピエヒであった。このマシーンの開発は極秘裏に行われ、重要なスペックはピエヒとそのアシスタント、のちにピエヒの後任者となったヘルムート・ボットだけであった。 特に計量中は完全にオフリミット(立ち入り禁止)で、後日ピエヒは「ドライでわずか375kgだった!」と語っている。比較のために、910ベルクスパイダーは420kgであったから909が如何に軽かったかがわかる。45kgというのはレースの世界では決定的な差であった。そのために若きピエヒは徹底的な軽量化を行ったのである。それは彼のバックグラウンドである航空工学からヒントを得たもので、フレームは非常に細いアルミフレームから成っていた。それゆえにメカニックは絶対に車体に腰掛けてはいけないという決まりが厳しく守られていた。 さらに909の使用材料には価格を含め何の制約もなく、例えばケーブル素材は銅ではなく高価な銀を使っていた。またイグニッション・システムの絶縁体には軽量なバルサ材(木材)が、さらにスプリングにはチタンが使われていた。ピエヒは「私はずっと磁石を持ってチェックしていました。メカニックが間違ってスチールのボルトやナットを使わないように監視していたのです」と語った。 “軽量化”を追求して生まれた過去と現代2台のベルクスパイダーしかし909で最も大きな驚きはブレーキローターとゴム製のガソリンタンクであった。ベリリウムのローターは非常に軽く、同時に硬いが、問題は粉塵が高い毒性を持っていることであった。そこでメッキが必要となったが、「この特殊な材料は異常に高価で、クルマ1台分より高かった。そんなわけで2台のクルマに対して5枚のローターしか作ることができなかった。だからタイムの良いドライバーを優先することにしました」と記憶を辿りながら語った。 さらに二番目の技術的ハイライトは14リッターのボール型燃料タンクで、中にはサッカーボールのようなゴム袋が入っており、それは10バールの圧力が掛かっている。これが燃料を送り込むパワー(圧力)になるのだ。何でこんなことをしたのかといえば燃料ポンプの重さが当時1.7kg、しかも信頼性が低かったためである。実はこの燃料タンクの仕組みも航空機に採用されていたことがあると言われる。909はゲルハルト・ミッターとロルフ・シュトメレンが操縦した。若いシュトメレンが909を選択したのに対してミッターは既に実績のあった910のステアリングを握り、このガイスベルクとモン・ヴェントゥーで優勝した。一方シュトメレンはエンジントラブルで3位と2位だった。 このガイスベルク・レネンの90周年を祝って、ポルシェは981ベルクスパイダー(コンセプト)を開発、今回909ベルクスパイダーとの共演が叶った。ところで軽量化は現代のポルシェにとっても大きな役割を担っている。この981ベルクスパイダー・プロジェクトは2015年にまず可能性が話し合われた。デザイナーのグラント・ラーソンはその時のことをよく覚えている。「まず、このプロジェクトに対する興味を掻き立てようとティザー・スケッチから始めました。まずちょっとだけ見せたのです」。その結果、この軽量スパイダーのプロジェクトは承認された。 1000kg以下を目指した981ベルクスパイダーの重量は1099kgボクスターをベースにした981ベルクスパイダーのデザイナーとエンジニアに与えられたマジックナンバーは「1000kg(!)」だった。それゆえに981はシングルシーター、ルーフどころかフロントウインドーも取り払われた。またドア開閉レバーは無く、内側からロープで引っ張る。またドライバーズシートを取り囲むトノカバーは合成レザーでできている。次の軽量目標はボディパーツで、フロント、トランクリッドとリアのフェアリングはカーボンが採用された。 ダッシュボードやメーター類は981からの流用だがレイアウトおよびデザインは変えてある。またスポーツシートもオプション・カタログから選択したものだ。助手席側のシートは開閉可能で、ヘルメットやドライバー側のトノカバーを収納するスペースになっている。ところで車両重量だが残念ながら1000kgを99kg上回ってしまった。まあ、この数字はもう少し努力すれば何とかなるかも知れない。 搭載されているパワートレーンはケイマンGT4から移植された3.8リッター水平対向6気筒で最高出力は393馬力(289kW)を発生する。ちなみにこれは完全な紙の上での計算だが、ニュルブルクリンクではおそらく7分30秒のラップタイムを出すはずである。この981ベルクスパイダーが量産されるかどうかは現時点では分からない。何れにせよこの2台はガイズベルク・イベントの後はポルシェ・ミュージアムで展示されることになる。デザイナーのラーソンは「981ベルクスパイダーは限定生産モデルとして、当社のライナップに加えても悪くないとは思うのですが、…」とため息をついた。 ■909ベルクスパイダー ■918ベルクスパイダー |
GMT+9, 2025-5-1 06:25 , Processed in 0.233257 second(s), 18 queries .
Powered by Discuz! X3.5
© 2001-2025 BiteMe.jp .