Comfort!1992年の日本グランプリが終わったあと、F1ドライバーであるアイルトン・セナが開発中の「NSX TYPE R」を鈴鹿サーキットで走らせた際、ピットに戻ってくるなり「Comfort!」と語ったのは有名な逸話だが、筆者が新型「シビックタイプR」を同地で試乗して真っ先に思い浮かんだのがこのエピソードだった。 9月1日、ホンダは新型シビックタイプRを発売した。1997年に初代が登場したシビックタイプRは、「NSX」や「インテグラ」より下位の”タイプRのエントリーモデル”としての側面が強かったが、11代目シビックをベースとした新型は、NSX亡き今、「アルティメット・スポーツ2.0」をコンセプトにホンダスポーツの頂点としての役割を担っている。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら FF最速を目指した330馬力搭載されるのは、2.0L 直列4気筒”VTEC”ターボエンジン「K20C」。先代と同型ながら、翼の外径や枚数、形状を新設計した新開発ターボチャージャーを装備するなど各部をアップデートすることで、2.0Lターボエンジンとしては世界トップクラスの最高出力330馬力/最大トルク420Nmを発生させる。 エクステリアも、キャラクターラインが多くどこかモビルスーツ的だった先代(北米ではウケがよかったらしい)から大きくイメージチェンジ。5ドアハッチバックをベースにしながらも、全幅を+15mm、全高を-30mmとすることでワイド&ローを強調。フェンダーパネルとリアドアを新造し、スッキリと一体感のあるフォルムを実現した。 日本ではやや大きく感じるボディサイズ(全長4595mm×全幅1890mm×全高1405mm)だが、ハッチバックを選択した意図としては販売ボリュームが最も多い北米を意識してとのこと。グローバル化の波には抗えないが、老若男女受け入れやすいデザインには好感が持てる。ホンダは「本質と官能」と表現しているが「速くてカッコいい」はスポーツカーの最低条件だ。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら 拍子抜けするほど乗りやすいドアを開け、真紅に彩られたコックピットに収まりエンジンに火を入れる。短いクランキングから「ウォンッ」とVTECターボが目を覚ます。最もレーシーな「+Rモード」を選択すると排気音がより一層増幅される。猛々しくはないが、かといって大人しくはない。 クラッチを踏み、ギアを1速へ。サイドブレーキのレバーを…ではなく電制パーキングブレーキをスイッチで解除し、半クラからスルスルとクルマが動き出す。クラッチも軽く、スポーツモデル特有の気難しさは一切ない。これならば久しぶりにMTへと回帰したユーザーもすぐに勘を取り戻せるし、このクルマが初めてのMTだとしても難儀しないだろう。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら これだよ、これこれ!完熟走行の後ちにバックストレートからアクセル全開。200km/hオーバーの世界まで、どこまでも淀みなくスムーズにトップエンドまで吹け上がる。”ピュアエンジンタイプR”の集大成として作られたこのエンジン、ドラマチックではないがフラットな出力特性が高いドライバビリティに直結する。 「ピピピ……」という音とともに目の前のレブインジケーターが点滅しシフトアップ。自然に手を伸ばした位置に配されたハンドルやシフトレバーなど、運転に集中できる環境が整っている。軽い力で吸い込まれるようにシフトが決まるのが気持ちいい。 エンジニアによると、最も力が入りやすい位置にミリ単位でレバー位置を調整したとのことだ。絶対的な速さではATに勝てないが、ホンダが”世界一”と豪語するそのシフトフィールを一度でも体感したら、クルマ好きならば「これだよ、これこれ!」と思わずニンマリしてしまうだろう。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら スタビリティの高さはピカイチコーナーが迫り、ブレーキペダルを強く踏む。2ピースブレーキディスクとブレンボ製キャリパーが車速を一気に落とす。フルブレーキ時はもう少しブレーキの剛性感が欲しい気もするが、コントロール性は非常に高く不満はない。世界屈指の難コースである鈴鹿サーキットを連続周回しても、ブレーキタッチにほとんど変化がないのはクーリングがかなり効いているからだろう。 個人的に感心したのは、ブレーキング時のリアのスタビリティの高さだ。鈴鹿の1~2コーナーは下り坂となっているためアプローチに不安がつきまとうのだが、200km/hオーバーからのブレーキングでもリアがどっしり安定するので安心してブレーキを追い込んでいける。リアウイングは先代と比べてシンプルな形状だが、ディフューザーと合わせて高いダウンフォースを発揮していた。 F1ドライバーが激賞するS字~ダンロップコーナーでは、マシンは終始ニュートラルステア。腕の立つドライバーであればもう少しリアがムズムズした方がタイムは出そうだが、筆者のようなアマチュアドライバーにとってはこのくらいがファンでちょうどいい。安心してグリップの限界を探りながらコーナリングを楽しめる。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら 内側から紐で引っ張られたようなグリップ感新型シビックタイプRは、ミシュランと共同開発した専用タイヤを履く。街乗り~サーキットまで対応する特別仕様の「ミシュラン パイロットスポーツ 4S」が標準装着されるが、今回は補修パーツとして用意されるサーキット向けタイヤ「ミシュラン パイロットスポーツ カップ2 コネクト」が装着されていた。タイヤにはホンダの認証マークである「H0」が刻印されている。 タイヤサイズは265/30ZR19。先代より1インチダウンしたが、FF車としては異例の265サイズとなり新型シビックタイプRの高いコーナリングフォースに対応するべく剛性レベルを最適化したとのことだ。 実際に走ってみると、ミシュランの美点であるしなやかさはそのままに、高いレスポンスと高剛性を両立していた。オリジナルコンパウンドのおかげか、シケインではコーナーの内側から紐で引っ張られるような強烈なグリップ感があり、周回を重ねグリップレベルが低下しても非常にコントローラブル。滑り出しの過渡特性が穏やかなので限界域での挙動も掴みやすい。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら 心地良いという意味の「Comfort」試乗を終え、ヘルメットを脱ぎ汗を拭いながら襲ってくるのは強烈な多幸感だった。ナイフエッジぎりぎりを攻めるヒリヒリとした緊張感ではなく、限界を探りながらクルマと対話する、まさにこれぞスポーツドライビング。 これは、新型シビックタイプRのバランスの良さと完成度の高さからくるのだろう。フラットなエンジン特性、ニュートラルなステアフィール、広い視界と操作しやすいシフト系……その全てがドライビングに没頭できるノイズレスな環境づくりのためにあるのだと感じた。 この没頭できる環境こそが冒頭の「Comfort!」なのだ。(セナの真意は定かではないが)それは単に”快適”という意味ではなく、”心地良い”という意味でのコンフォート。余計な気を使わずにクルマとの対話に没頭して初めて享受できる"優しい"ドライビングプレジャーこそ、人を中心としたホンダスポーツの真髄だ。 開発責任者の柿沼秀樹氏は「過去のタイプRの歴史を守るのではなく、これからの時代にあるべきスポーツカーを思い描き、タイプRの新しい歴史を作るべく開発を実行した」と話してくれたが、そこには「NSX」などに代表されるホンダスポーツの熱き血潮がたぎっていた。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら あと100万円安かったなら……新型シビックタイプRは、スポーツドライビングを愛する多くの乗り手に心地良いドライビングプレジャーを提供してくれるだろう。現に納車待ちは1年とも2年とも言われ、市場からも高く評価されている。 あえて注文を付けるならば、およそ500万円という絶対的な値段の高さと、265サイズのタイヤを含めた維持費の高さが懸念となる。 ホンダスポーツの頂点としてクルマの完成度は確かに素晴らしく、開発陣もやり切った感がそれなりにあるだろう。しかし”やり切った”ではなく”やり過ぎ”と感じたのもまた事実。なぜならば、そのドライビングプレジャーを多くの人が享受できることこそ、ユーザーがホンダに望むことなのだから。 果たして新型シビックタイプRは、本当に”市民の”ためのタイプRなのだろうか。コストパフォーマンスは十二分に高いが、絶対値としてあと100万円安ければ……と思ってしまうのは筆者だけでないはずだ。ラインアップとして300万円代で「フィットタイプR」でもあれば話は別だが。 最も「ピュアエンジン・タイプRの集大成」とホンダが発していることからも、次期シビックタイプRは何らかのモーターとバッテリーを搭載したハイブリッドモデルとなるのだろう。そうなれば更に価格が上がることは必定。あの時買っておけばよかった……と後悔しても後の祭りだからスポーツカー選びは悩ましい。 >>ホンダ シビックタイプRのスペック詳細はこちら |
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