ドラマの主役は悲劇を演じたトヨタかもしれないトヨタがゴール直前で優勝を逃がした今年のル・マン24時間レース。誰もが優勝を確信したとき、それは訪れた。トヨタTS050ハイブリッド・5号車の過給システムがダウン、ドライバーの中嶋一貴が無線で「ノーパワー」と伝えてきた。24時間も走ってゴール直前の数分前にエンジンが壊れるなんて、これ以上の悲劇があるだろうか。ドラマの真の主役は、悲劇を演じたトヨタだったかもしれない。 私も胸が苦しくなる思いでTVを見ていたが、最後の5分前までほとんどポルシェと対等に戦い続けたトヨタの勇姿に、世界中の人は感動してくれたはずだ。この死闘とも言えるバトルには優勝チームのポルシェも、アウディも敬意を払い、ライバルを称えあった。 同じ日にはF1・欧州GPが開催されていたが、メルセデスAMGも6月20日に同社の公式Facebookでポルシェの勝利と、健闘したトヨタを讃えている。 しかし、長いル・マンの歴史を見れば悲劇のヒーローはトヨタだけではない。あと一歩のところで勝利の女神から見放されたチームはたくさんいる。耐久レースはチームが一丸となってゴールを目指すことに意義があるが、勝つことの重みや難しさはル・マンを走るほどに思い知らされることになるのだ。 去年よりも耐久性能的には楽だったはずだが…今回のレースを冷徹に技術的に評価するなら、ポルシェのマシンは頑丈に設計されており、あともう1時間走っても壊れなかっただろう。今年は雨のため、ペースカーの先導でレースが始まったから、マシンのストレスは少なく耐久面では好条件だったのだ。 昨年のル・マンの周回数を見ると、優勝マシン・ポルシェ919ハイブリッドは395ラップも走っている。5位に甘んじたトヨタTS040ハイブリッドも387ラップだった。ところが今年のル・マンは雨の周回が多く、優勝したポルシェ919ハイブリッドでさえ384ラップしたにすぎない。ここから言えるのは、トヨタのマシンが昨年の距離を克服することができなかったということだ。耐久性の問題を抱えていたと言い換えてもいい。 トヨタTS050ハイブリッド・5号車を襲ったトラブルは、ターボとインタークーラーをつなぐ吸気ダクト回りの不具合だったが、修復に手間取って「ファイナルラップは6分以内に走り切る」というルールを守ることができず、リタイア扱いとなってしまった。結果、優勝を目前で逃がしたトヨタの5号車はリタイア、もう一台の6号車が2位に入った。 気持ちとしては「優勝まであと一歩」と讃えたいが、ハードウェアの完成度で見ると、もっと強い頑丈なマシンを設計する必要があるだろう。その意味ではトヨタがさらに強くなる“大きなチャンス”をル・マンの女神が与えてくれたのではないだろうか。勝っていたらそのチャンスを逸してしまったかもしれない。 メーカーはハイブリッド開発が義務付けられているところでル・マンを走るマシンのレギュレーションはどうなっているのだろうか。最も速いLMP1クラスはハイブリッド(LMP1-H)とノンハイブリッド(LMP1)の2カテゴリーに分類されるが、自動車メーカー(ワークス)はLMP1にハイブリッドで出場することが義務付けられている。 F1とル・マンはともにハイブリッドをレースに導入することで、自動車メーカーの技術開発競争を刺激しているのだ。ル・マンの場合、ハイブリッドによる大幅なエネルギー回生によって、以前の燃費を25~30%改善するという大胆なコンセプトを打ち出している。ただし、ハイブリッドのような高度なシステムは技術とコストがかかるので、プライベートチームにはノン・ハイブリッドクラスが用意される。 LMP1-Hではアウディのようにディーゼルハイブリッドが認められているのもユニークだ。ボディサイズと重量が決められ、エンジンの排気量、気筒数、搭載位置は自由。エネルギー回生量や使用燃料によって、1ラップあたりの最大燃料流量や燃料タンク容量が規定されている。 絶妙のレギュレーションが多様な技術革新を可能にする具体的には1ラップ当たりのエネルギー回生量はそれぞれ2・4・6・8MJ(メガジュール)に区分けされ、この回生量と、燃料の種別に応じて、1ラップ当たりの燃料の最大流量と、燃料タンク容量が決められる。 ポルシェ919ハイブリッド(2.0L V4ガソリンターボ)とトヨタTS050ハイブリッド(2.4L V6ガソリンターボ)は最大回生量となる8MJを選択。燃料タンクがガソリンハイブリッドに較べて約20%小さくなるというハンディを負わされるアウディR18(4.0L V6ディーゼルターボ)は、エネルギー回生で6MJを選択している。3台のハイブリッドはともにリチウムイオンバッテリーを使っているが、昨年はポルシェがリチウムイオン、トヨタがキャパシタ、アウディがフライホイールだった。 それぞれ異なるパワーユニットを持っているのに、13.6kmのサーキットを走ってもラップタイムの差はわずか1~2秒と僅差だ。4kmのサーキットに換算するならわずか0.5秒程度。その僅差の性能で24時間走り続けるル・マンは、エンジニアにとってもドライバーにとっても偉大なチャレンジなのである。 世界の頂点で戦うトヨタにとって、今回の負けは飛躍への大きなチャンスになるはずだ。私はそう信じている。 |
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